建築技術支援協会NPO法人化記念シンポジウム報告(詳細)

松村秀一(司会):建築技術支援協会の方々は高度経済成長期以降、大きな空間とか、高い建物とか、今まで享受したことがないようなものを実現すべく努力してきたし、そのことにプライドをお持ちです。一方で、阪神淡路大震災や欠陥住宅問題を切っ掛けに建築技術者の世界を疑いの眼差しで見ている市民も多い。それから、かっては今まで見たこともない大きな空間、高い建物が出来たら素晴らしいなというふうに、社会の目標と建築技術者の夢が近いところにあり、社会から支えられて技術が動いてきた側面がある。ところが今、市民社会から是非こういうものをと支えられるようなムードが随分違ってきている感じがあります。その意味で市民社会の中で建築技術者が支えられてゆく時代、あるいは相互理解をしてゆく中で目標を見つけてゆくべき時代に入ってきていると思います。協会の目標の一つに市民社会に働きかけてゆくこと、市民社会から学んでゆくことがあります。まずパネリストの方それぞれにこの目標に関するお話をいただきたいと思います。
森本毅郎(ニュース・キャスター):「うわさの東京マガジン」という番組で欠陥住宅問題をしつこく取り上げました。千葉県に問題住宅がありました。秋田県と民間との第三セクターで売り出した住宅で、実態は真にひどいのです。家に入ったリポーターが坂を登っているような感覚だと。売り出し時の広告には知事の顔写真も出ている、買う側にしてみれば、間違いはなかろうと思う。ところが買ってみると中身はひどいもの、しかも第三セクターは潰れてしまい、株主である県は責任の所在を明らかにしない。買った人たちは路頭に迷った。住宅販売の実態に、この種の問題が多々あるということを報道したわけです。
 こういう第三セクターのような場合には売る時だけは徹底して売り、あとは売り抜けてしまうという、官・民・銀行一体の責任の不在がある。こういう欠陥住宅を平気で作って売るという業界のモラルの不在もある。法規制を緩和することによって景気回復に手を貸そうとする政の責任の不在、こういう様々な責任の不在が住宅問題に深刻な影を落としている。市民の立場からしますと、そういうことに直面したときその悩みのもって行き場が実はない。私は今回この支援協会ができたという話を伺ったときに、やっと駆け込み寺ができたのかなと思ったのですが、果たしてどうなのか。市民と技術者とを結ぶ絆がどういう形で存在するのかを具体的に煮詰めて方向性を打ち出していただけると、市民の側はその協会の存在を認知するでしょうし、協会の中での親睦が深まってゆくだけの組織であるならば、市民サイドは非常に冷めた眼でみるであろうと思っています。
村上英子(生活デザイナー):私はインテリアという仕事をする中で、建築は人の暮らしを包むための器であると思い続けておりました。だから人の生活があって始めて建築という外側の殻ができると思っております。今は立派な箱ができるようになりましたが、中の暮らしがどれほど豊かになったかはまた別の話だと思うのです。せめて街並みは美しくしたいなあと思います。例えば狭小な宅地にできる限りの住宅をつくってしまうとか、ペンシルビルが沢山建ったりしておりますね。私は伊豆高原に住んでおりますが、伊東線に乗って帰るときに熱海の近くのこじんまりした入り江のところで海が見えるきれいな景色があります。その一番の海沿いに大きなビルが屏風のように建っていまして、その後ろの建物は、海の近くにあるのに、海はひとつも見えないというようなひどい状況があります。そういう技術はあっても哲学がないような建物が多いんじゃないかと思っております。
 他方、建築は鳥瞰図のような目が必要であると同時に、非常にこまごまとした人間の営みを包み込むのが建築であるとも思っております。嫁姑の問題とか、教育の問題とか、プライバシーの確保とか、建築で解決できることが相当にあるなと思っております。これに関して住まい手の生活作法がなくなったことが大きな問題としてあるのに、それについては誰も語っていないのは間違っていると思うのです。それから気候風土のことにつきましても、あまり建築で語られることは無いですね。
池田武邦(建築家・都市計画家):私自身が超高層に取り組んできた1960年代から70年代にかけて、ようやく人間にとって一番良い環境が獲得できると思っていた。ところが、設計した新宿三井ビルの50階に入って、自らその環境を体で感じまして、これは間違いだったんじゃあないかと気付き大きなショックを受けました。それから私は私自身が追い求めていた近代合理主義、近代技術文明のありかたそのものに疑問を持ち始め大変悩みました。それでは一体人間にとっての良い環境とは何かということで、1970年代半ばから近代技術文明に侵されてない世界に随分行き、大きな発見がありました。村上さんがおっしゃったように、気候風土とか、生活、文化を具現しているのが本来の建築なのですが、超高層は近代技術文明の最も進んだ利器ではあるが、建築としての文化は全くないということに気付きました。先祖代々伝わっている生活習慣とか文化、そういうものは、私が取り組んだ近代建築の中には殆どないのです。例えば、日本の集落には必ず鎮守の森があり、家には必ず神棚とか仏壇等、精神的空間が生活のベースとしてあった。それが戦後、近代合理主義を進めて、そういう精神的空間は全くといっていいほど無視されている。
 さて、こうした視点に立ってみると非常に色々なことが見えてきたわけです。近代合理主義は非常に専門分化してしまうのですね。私が大学で建築を学んだ時は、建築の中に都市から構造、設備と全部あった。卒業してすぐに建築をやる時には、構造計算もやるし、設備の図面も描いたものです。それがあっという間にそれぞれ専門分化してしまい、もう精神的空間もくそもないですね。これが色々な問題を起こしているということに気付いた。人間の生活する環境としてどうあるべきか、そのためには自分自身がどういう価値観をもって生きていくかということが問われていると実感してから、私の近代建築に対する見方が全く変わってしまったのです。そういう意味でこのNPOの活動は、今までは企業や、業界に属した立場で技術を考えておられた方が集まって、今度は個人の立場で活動されることに非常に大きな意味があると思っています。もう一度、人間の環境はどうあるべきかという原点を踏まえて、技術をどういうふうに発揮するかという視点をはっきりと捕まえていただければと思っております。
岩田 衛(サーツ理事・神奈川大学教授):建築エンジニアとして最初にしておいた方が良いかなと思いまして反省してしまうのですが、最近大成建設の常務の伊藤さんが反省ということで文章を書いておられて、サーツを支える会員の多くにも当てはまる反省ではないかなと思って読ませて頂いた。それは、今まで建築技術者と言ってきたが結局は企業人と技術者の2足のわらじの中で自分たちが技術者として振る舞ってきたのじゃないか、つまり職能的な立場よりも、企業人の立場が大切ということでやってきたのではないかと書かれています。私は欧米のエンジニアの方と話す機会がよくあるのですが、かの地では数人でやるコンサルタントという職能が確立しておりますので、かなり長い間の企業人ということにはならないのですが、残念ながら日本の場合、私が20数年前に会社に入社するにあたって書かされた論文は、会社から見た社会・社会から見た会社というテーマでした。
 サーツの会員の多くも、いずれ数年後、第一の人生である現役を終えてゆくのですが、その時に、一技術者としての立場で事にあたるということを決心することが大切ではないかと思っています。そのような中で市民社会と建築技術を結ぶ絆をつくるためには、一技術者としての経験とか知識に基づいて、その中で明確な行動をとること。そのためには専門に閉じこもらない、企業とか技術者仲間の論理で行動しない。我々、サーツという仲間を作ってゆくわけですが、その論理でも行動しない。ましてや、自分達が育ってきた業界の論理では行動しないとそのようなことが大切ではないかと思います。
 去年、建築基準法が変わって、性能設計時代が来ると言われていますが、一番大切なことは、市民、建築主に対して駄目なものは駄目、良いものは良いと言えるということではないかと思うわけです。最近の動きとしましては、性能評価について官から民間にまかせようという動きがあります。またサーツも名乗りを上げようとしている。私はこれは非常に危険なことだなと思っています。私たちは性能評価をする1つの機関だよということで岡引が十手を与えられて市民の上に立っておうおうとやるようなことにされてはいけないと思います。もしやるとしても、業界の動きとかに惑わされないで、あるべき姿でやってゆける、そういう団体であったならば、市民からも信頼されてくる。そこで始めて市民との絆が出来てくるんじゃあないかと思っております。
松村:さて、ここからは、建築技術者が個人として集まってどういうふうに市民社会との接点を求めるのか、あるいはそこでどんな価値のある活動を展開してゆけるのかという点に議論の焦点を移してゆきたいと思います。建築技術者個人の新しい活動領域としては、森本さんのお話に関わる部分ですけれども、一人一人の市民が、実際に住宅なり、身近な環境なりを形作る上で困ってしまうことがたくさんあるという、それに対して、何か支援をしてゆく立場。責任不在、モラルの不在、政の不在の状況に対してプロとして手を差し伸べる立場をどう造ってゆけるかが一つ。もう一方で村上さんあるいは池田さんのお話は、もう少し大きな建築自体のあり方とか、生活環境自体のあり方を根本から見つめ直してみる、いわば新しい公論を形作っていく技術者の集団たれというエールだという風にお聞きしました。岩田さんは、その双方に対して個人としての立場を鮮明にされた。
 まず大きな二つの論点の内、前者について具体的にお聞きしたいと思います。
森本:さっきの欠陥住宅の場合ですが、建築士はどこに介在したのかという疑問が1つ。次はマスコミで報道され困っている人たちが現実に多くいる時に、果たして何人の建築士が、俺達が実態を探ってやろうと名乗りをあげたか。つまり専門家の良識が具体的な形になって一つの住宅問題に関わってこないことが非常に悲しい現実だという気がします。
 その時に、この支援協会がそういう悩みはとりあえず私のところに持ってらっしゃいと、自ら出かけて行くのが難しいとしても、こうしてみたらどうですかという相談のノウハウを発信することだって不可能ではない。つまりそういう具体的な事例に対して答えを出してゆくという道筋が少しづつ作られてくると市民と技術者を本当に結び付けてくると思う。先ほどの池田さんの話に関連して言うと、近代技術文明或いは都市化の波のあおりを一番受けた人たちの生活に目をむけ、手を差し伸べることによって始めてNPOだと思います。
池田:僕はこのNPOのことを聞いて大変良いなと思った。建築は経験工学ですから、若い頃いい気になってやったのが、経験を積めば積む程色々な問題があったなとわかってくる。このNPOは経験を積んだ人が伝承しようという姿勢ですから、うんと自信を持って伝えて欲しい。それから今まで技術はどんどん専門分化して、それぞれの分野で深い技術を持った人が生まれたのですが、このNPOはそういう人たちが集まるからネットワークを組むことによって非常に大きなパワーになる。だから、さっき森本さんがおっしゃったように本当に困っている人から思い切って相談を受け止めるということをやった方が良いと思う。ともかく具体的に受け止めてストラグルするとそこから新しい解決が出るし、またそういう具体例を蓄積することによって、このNPOが社会にちゃんと確立するのではないか。初めのうちは大変だと思いますが、それが社会から認知されたら、経済的にも十分対応できるものになるのです。最初から経済的な問題を前提にしたらいけません。今、建築界の中のこういうNPOはここ1つしかないのです。この1つがどういう風にこれから社会に定着するかはすごく影響が大きい。そういう意味で是非、頑張って欲しい。
岩田:窓口になって、色々な所に回してゆくこともできるのではないかというやさしいところまで降りて頂いたのですが、逆に私自身はそれでは駄目だと思っています。つまり今、業界から独立してのNPOがやっとできた。他に回すとしてもそれらは業界システムの中にありますから、そこで駄目になる。唯一できるとしたら、入口と出口の両方をやることを決心することですが、これまた手間のかかることです。では、どうしたら良いかと考えますと、業界に属さない色々なNPOを日本の中に一杯つくる、我々のノウハウを提供して。そのことが今後の大切な行為ではないかと思う。でもそれを待っていたら時間がかかってしまうので、その間に一技術者としてできることからやる。 先日、リオで、環境に対応してどう考えるかというテーマでの建築構造関係の国際会議が初めて開かれたのですが、伝承だけでなく、こういう新しい問題・動きについても勉強してゆく態度が大切です。
松村:私共の協会では、先ず一般の人たちを集めてセミナーをやりながら、具体的な道筋をつけてゆこうかという話があるのですが。この方法について、森本さんいかがでしょう。
森本:住宅セミナー程度のことをNPOがやってもしょうがないんじゃないですか。僕はNPOには覚悟が必要だと思う。さっき米田さんが、官から民へと、でその間にNPOがあるという説明をしていましたが、NPOの存在はむしろ官民一体に対するNPOだというくらいの覚悟を決めないと。大体何かでっかいものをやる場合はある意味では官民は一体なのです。それに対して本当に生活者の立場を考えるのなら、NPOは否応なく対峙しなければならない場合が一杯出てくる。だからこそ企業に属さないのでしょう。企業との二足のわらじを反省するわけでしょう。でなきゃ市民との絆なんて言わない方が良い。
村上:ちょっと池田先生のお話に戻りますが、私は三井ビルに15年勤めておりまして、20年位前からの新宿の近代化は日本としても誇りに思って良いことだと思いますが。
池田:ちょっと言葉が足りなかった。近代技術文明の正体を見きわめて欲しいということですよ。戦後僕らは近代技術文明を金科玉条のようにしてきた。ところが近代技術文明の正体は何かというと、正に人間中心。人間以外の自然界、動物や植物は単なる物なのですね。その哲学に気付かないで、安易にやっていると、環境破壊になってゆく。日本の文化は自然を神としています。だから、戦前まで日本は世界でも有数の自然が保たれていた。それを壊したのですよ、戦後。それに気付かないで、欧米の近代技術文明だけを追い求めているのは間違いだと。これは明治維新で意識的にやった。それでも日本の文化の伝承は終戦直前までそれぞれの家に全部あった。その文化をえせ民主主義で断ち切ったではないですか。そこを言っているのです。だから三井ビルが悪いんじゃあないのですよ(笑い)。
松村:村上さんは以前、日本の生活スタイルは完全な洋風でも完全な和風でもなくて何か不思議な洋風になっている、それは戦後の生活文化に対する自信のなさの表れであるとおっしゃっていました。今、池田先生がおっしゃったことも近いところだと思いますが。
村上:私は洋とか和とかいう対立の問題ではないのではないかと声を大にして言い始めています。靴を脱いで上がる家具を置いた生活は和でも洋でもない今風の暮らし方です。だから昔の和に戻るのではなく住宅設備の最も新しいものを使い、コンピューターも入れ、尚かつ日本の気候風土の上に建っていることを忘れない住宅にすべきと言っているのです。
松村:今のお二人のお話は、市民社会と絆を結ぶために建築技術者自身が考えなければいけないこと、もしも価値観の転換なくただ単に今までやってきた技術はこうですよ、なんてことを市民に語りかけたところで、その絆が何かを生み出すことにならないということとして受け取らせていただきました。ただ、近代的な技術自体に関しては伝承したりそのことについて市民に理解してもらったりすることも必要なのではないかと思うのですが。
池田:近代技術文明を否定しているのではないのです。近代技術文明の生かし方の根底が間違っているということです。例えばテレビのリモコンスイッチは非常に便利ですね。寝そべったまんまチャンネルを変えられる。ああいう便利なものができると、メーカーもそれでないと売れないからそれを作る。欲望が技術文明を進歩発展させる原動力なのですね。一つの欲望が満たされると次の欲望と、これは抑止力がない。抑止力がないのが近代技術文明の本質です。それに対して、自然・人間に対する作法、そういう抑止力があるのが文化です。化石燃料、数千万年の時間をかけて太陽エネルギーが蓄積したものを今、百年のオーダーで全部使いながらこの文明社会は成り立っている。現在文明社会全部がバブルの中にあるということなのです。だけどこのバブルは必ず崩壊する。そういう根底的なことを意識しないで技術者が新しい技術を追い求めてはいけないと僕は言っているのです。やはり日本の文化の原点に立って、本当にこういう技術を使って良いのか、使うとすればどういうことを苦慮して使うか、そこまで技術者は考えなくっちゃいけない。
 私がこういう考えに至ったきっかけは、新宿三井ビルに入って半年くらい経った1974年2月の体験です。雪が降っていたのに気付かずに仕事をして、夕方外に出たら猛烈な吹雪で、その中に呆然と立っていたら、体は非常に寒かったけど精神的な安らぎをすごく実感した。一体何だろうと思ったら、一日人工環境の中で、知らない間にストレスが溜まっていたのですね。肉体的には楽でも精神的に何か問題を起こしている。人間にとって良い環境とは何かという根源的なことを考えさせられたのです。その後、東南アジアなどに行ってみて、周辺で取れる材料で家を作り、周辺の食料で生きて行くのが生態学的に一番いいんだということもだんだんわかってきた。それに対して、今の建築は地球の裏からでも自由に材料を持ってきて平気で造っている。何の反省もない。寺田寅彦は、技術文明が発達すればするほど災害は大きくなると直感的に言っています。事実その通りです。技術者は自分の技術がどう世の中に影響するかということをいつも一方で反省しながら技術を使って欲しい。
松村:おっしゃる通り、こういう協会を作って活動する限りは、市民社会と絆を持つことによって自らが自分の技術についてもう一回考える機会を得るということが、本当に重要なところだと感じています。ここで森本さんにお話を伺います。欠陥住宅問題等で、一般市民の声をいろいろ拾い上げてゆくというお仕事の中で刺激を受けたこと、また逆に、市民社会という言葉にふさわしい実態がまだ出来ていない面もあると思うのですが。
森本:私の番組では、生活の中でおかしいと思うこと、腹が立つこと等を寄せて下さいという投書箱があります。その中身を見ると住環境の問題はかなり提起されている。切実なテーマになってきているのです。そういう投書箱の中からだけでも今街で暮らす人達の問題点は抽出できる。先程のNPOの立場をどうするかについては、大袈裟に考える前に、どんな話が自分達の所に届いてくるかを見ることから始めたらどうかという気がします。
 もう一つはNPOに参加された皆さんが街へ出て街をもっとご覧になったらどうかと思います。僕はわりに街並みを見て歩くのが好きで、ここに家を持っても良いかなとか、ここには住みたくないなとかそういう直感的な判断で見て歩く。そういう感覚で眺めてみると、その街の良さと同時に欠陥も見えてくる。スペイン風の家の隣にカントリー風の家、その隣に和風という具合にばらばらで、一体ここはどこの国かというような街並みが多いですよね。そういうところを少しずつ是正してゆくことも建築関係に携わる人達の責務だと思う。また、先の近代文明批判の話とは異なりますが、東京湾岸の開発をレインボーブリッジから眺めると、ロスアンジェルスなんか目じゃあないと思ったりする。そのように人間の色々な欲望が素直に満たされる、高層ビルを見たい時にはそれがある、静かな暮らしをしたい時にはそれもあるという、そういう街を造るためにはどうしたらよいかという視点で、街の見学会をもっともっとやってもらいたいと思います。
村上:私も街並みの見学会を皆さんでなさると良いと思いますね。それから、ミシュランの3つ星のように点数を付ける本を出すのもあると思います。教育という意味では、日本の場合は価値観が衣食住という順序ですが、外国では住が一番先ですよ。日本の場合、中学高校に住の教育は本当にない。だから、一般市民が住についての常識がなさすぎると思う。それが欠陥住宅を買うことにも繋がると思うので、セミナーの開催やテレビ番組への出演等で、少しでも市民の意識を高めるようなことをなさったらどうかと思います。
池田:このNPOは技術という言葉が入っているから特に言わせてもらいたいのですが、精神なき技術が文明社会に横行していますが、そこは技術者として、心のある技術とは何かということを是非考えて欲しい。
岩田:私は、あくまで技術を信じてゆきたいし、人間中心への反省等もあるのですが、そういう反省を踏まえて問題点を解決してゆくのもテクノロジーであると信じたい。ただそのためには、周辺の技術をも学んでゆかなければならないし、環境ということに対して、その倫理を作り上げてゆくことも必要です。やはり技術を伝承し、さらにそれに磨きをかけてゆくことに一生を賭けたいと思っております。
松村:短い時間に非常に具体性を持ったお話も伺えましたし、また覚悟をきめろというような、身の引き締まるお話もあり、建築技術支援協会の個々人が腹を決めなければならないことを改めて考える大変良い機会になったと思います。本当に有難うございました。
注)本稿は、今津理事によるシンポジウム記録原稿に基づき、当日司会を務めた松村が大幅に字数削減する形で作成したものです。