『マンションの質を高めるために―今、専門家から伝えられること―』

日時:2001年1月26日(金)午後2時〜5時場 所:住宅金融公庫すまい・るホール
主催:住宅金融公庫東京住宅センター・NPO法人 建築技術支援協会
後援:トステム建材産業振興財団
主催:NPO法人建築技術支援協会・住宅金融公庫東京住宅センター
後援:トステム建材産業振興財団
主旨:
 注文住宅では、一般の居住者と建築技術者が望ましい住宅像について話し合う中で住宅が作られていくのに対して、マンションの場合は両者の間を不動産市場が媒介するのが一般的で、建築技術者が一般の居住者とコミュニケーションを持てることは希です。一般のマンション購入者が入手できる物件情報等を見てみると、建築技術者が重要視している事柄が十分に伝えられていない様子を見て取ることもできます。その一方で、マンション購入後にその建築的な質に関わる問題に頭を悩ませている居住者も少なくないのが現状です。そこで、今回のシンポジウムでは、マンションの分野において建築技術者が一般の居住者に伝えなければいけないことは何か、またそれはどのようにすれば可能かを考えてみたいと思います。

■ 基調報告 ■
「集合住宅の質を向上するために必要な情報のありかた」・・・・松村秀一・建築技術支援協会代表理事
サーツでは、一年半ほど集合住宅の質的向上のための情報サービスについて議論してきました。マンションの質をより生活環境としてレベルの高いものにしていくために、今集まっている建築技術者の方々が、若い建築技術者の人達に対して伝えられることにはどんなことがあるだろうかと。実はこれを議論していく過程の中で大きな問題がはっきりしてきました。一般の方から技術なり我々のいう質について評価されていない限り、プロの間で技術の情報を伝達することの意味がさほど出てこないということです。
マンションの場合は、戸建住宅と違って住み手と建築技術者が直接コミュニケートする回路が一般的にない。ディベロッパー、事業者や市場機構が間に入ってしまいます。一方、建築技術者の方も、多くの場合は、他の用途の建物を手掛ける中で、たまたま今の仕事はマンションのプロジェクトであるという立場で関わっているという現実があります。
市場での質に関する評価を代表するものとして中古マンションの値づけ法というのがあります。値づけに関わるものとしてどういう項目が挙がっているかを見ますと、私達が議論している建築技術、あるいはそれに基づく質というものに深く関わってくる項目がほぼ一つもありません。このことは、我々の将来像を考える上でも重要な問題になってくるなというふうに感じた次第です。
住宅は一度買うとなかなか二度買うという経験が起こらないですから、建築技術者の考えている質が長い目で見たら大事だよということを住んでみてわかったとしても、それを次の消費行動に移して市場に影響を与えるということの可能性が非常に小さい。この点について品確法の性能表示制度には期待できる面があります。つまり、建築技術者が住宅の質だと考えていることの一部が一般の方々に伝わる共通の言語という理解です。
このことに関連して、最新のデータを紹介します。あなたがマンションを選ぶ際のポイントはなんですがということを一般の方々に聞いたところ、勿論先ほど値づけ表に出てきたような項目が大きな比率を占めていますけれども、建築技術者が関わって質を左右していっているような項目が、それぞれに数パーセントづつ出てきています。私達の印象としては思ってたよりこういうことを大事だと思っている人が多くなって来ているなと。そういう意味では、生活者サイドでも建築技術が左右する質に対する関心が高まってきていますし、それに対する性能表示制度のようなものが市場で動きだしますから、私どもの立場としても比較的これから話がしやすくなってくるなと思います。
こうした状況下で、市民としての建築技術者の集まりにできることは何だろうかというのが私たちのテーマです。一つは啓蒙活動。二つ目は相談活動。そして、三つ目は評価活動、といった具合に検討していますが、今日のシンポジウムでは実際にどういうことができるのかについて、サジェスチョンを色々な立場の方々から頂ければ大変有り難いと思っています。 

■ パネルディスカッション ■
司 会 :鎌田一夫(建築技術支援協会)
     小川千賀子氏(デザインクラブ)
      吉井信幸氏(竹中工務店)
      萩原正道氏(象地域設計)
      大久保恭子氏(リクルート)
   鎌田 パネルディスカッションの進行役をやらせて頂きます鎌田と申します。今日のシンポジウムの最終的なテーマはマンションの質を高めるということです。これは専門家同士が議論をし、あるいは先導的な技術を導入するということよりも、住まい手のニーズに直接応えるような技術を実現すること、あるいはそういう技術を的確に伝達することにポイントがあるのだろうという視点でこれからのパネルディスカッションを進めたいと思っております。
パネリストの紹介をさせて頂きます。一番手前の吉井さんは、竹中工務店で30年近く、芦屋浜から最近のエルザタワーまで、多くのマンションの設計を手掛けられ、不特定多数を対象にしたマンションを、いかにニーズに合わせてつくっていくかということで経験を重ねてこられた方です。
小川さんは、そういうマンション供給の中で、当初設計されていたものを居住者から間取り替え、模様替えなどの相談を受けて、設計変更の企画と実施をアドバイスされるという新しいタイプの仕事をやってらっしゃる。
萩原さんは、コーポラティブ住宅ですとか、密集市街地の共同建替えに携わっていらっしゃる。最終的に出来上がる形としては集合住宅、区分所有建物になるわけですけれども、全く違うプロセスで設計をなさる方です。
お三人の、アプローチの違う集合住宅への取り組みをお聞きして、その違いから何かを見つけだしたいと考えています。
大久保さんは週刊住宅情報の編集をおやりになってきて、住宅に関する一般のニーズについてよく御存知の方で、新しい傾向もふまえてらっしゃいます。住宅に関する情報を扱ってらっしゃる立場からお話を頂きたいと思います。
私の方から三点ほどこんなことふれていただければということで、まず技術者が大切にしているものと居住者の要求あるいは市場のニーズの間に「ずれ」が生じているとしたらどんなところか。また「ずれ」を具体的に解消するための方法として、経験されたことをお話頂ければというのが一点です。二点目は、日本の戸建住宅はオーダーメイドでつくられることが多い。それに対してレディメイド住宅というのが都市には一定量絶対に必要なわけで、非常に短期間に自分の住宅の要求を実現しなければならない人もいるわけですし、それから中古住宅というのはレディメイドというかたちで市場に出てくるわけです。そうは言ってもやはりレディメイドというのは要求との乖離がどうしても生じやすいところがありますので、オーダーメイドとレディメイドという問題についてもそれぞれの立場からお話頂ければと思います。三点目は、品確法ができあがったということを前提に、住宅の質というものを技術者の方から住み手にどう伝えていくのか。逆に住み手がそれをどう受け止めたか、どういう満足感を持ったのかをどうフィードバックしていくのかといったことに触れて頂きたいと思います。では最初に吉井さんからお願い致します。
   吉井 竹中の吉井でございます。設計を始めたのが大規模な集合住宅だったということもありまして、集合住宅を多く手掛けてきました。住宅は他の建築とは違う価値観があると感じてましてライフワークとしてやっていきたいと思っています。自分が設計してきた建物が現在1万戸を超していて、それだけクレームも背負いこんでるということもございます。
質の向上と言いますけれども質というのはどんなふうに変わって来ていて、今後どういうことを解決しなければいけないかということを最初に述べたいと思います。質を考えるとき、いろいろな分類の仕方があると思いますが、まず性能がございます。それから機能と言いますか、例えば収納の量なんかです。それから快適性みたいなもの例えばお風呂の大きさとか。機能とか性能とも関わりますけれども豊かさみたいな話が出てきます。それから美観性、デザインのようなもの、外観のデザインとかインテリアの方向もかなり変わってきました。昨今環境なども叫ばれて、環境というのは、緑化のようなものとシックハウスのようなものが言われています。それといまだに言われているのがコミュニティみたいな話です。そのような質ということに関しまして、どのくらい変わったんだろうかということを、実感をもとに申し上げます。日本の集合住宅というのは、戦後企業は、社宅をかなりつくっています。そういう社宅的集合住宅の一方で、公団さんがつくる集合住宅も浸透してきた。初期のころの面積は30平米とかいうようなものもありましたが、私が入社したころは40平米台の2DKとか、それでなんとか2LDKつくれないかとかいうようなことから始まっております。性能的に言いますと例えばスラブ厚は、私が入社したころに12cmか13cmでした。それが15cmになってリビングだけ18cmにしようかとか、寝室側は15cmにしようかとか、それが20cmになり25cmになり、今はフラットスラブで全て35cmというのもあります。断熱も、北側の壁だけだったのが、北側の梁もやろうとか西側もやろうとかで、今は南側もやってますし、折返しもきちっとやります。機能的なことで言いますと、始めは小さな面積に何とか部屋数を取るというところからスタートして、収納なんてものはほとんど無くて、そこに洋服ダンスを置きますから、寝るだけという状態だったわけです。それが今やパンフレットにこのタイプには十何パーセント収納率があると記載されます。我々も10%以上の収納率を基準に設計をしております。キッチンの幅にしても1.8mくらいしかなかったのが、今は2.6mとか3mとかいうふうに変わってきた。快適性でも、バスルームは1214くらいで、バランス釜という歯医者さんの機械のようなものがから始まって、今ではTESとかになってます。美観性もシステムキッチンなど美しくなってきました。ただ、美観が優先しまして機能とか性能がおろそかになっているということもあるのではないかと思っております。もう一つ、青田売り、モデルルームで売るというビジネスの世界がありまして、なかなか質を訴えることもできない、それが販売のポテンシャルにならないというようなことがありました。最近はバーチャルリアリティみたいな世界で、そういうものを訴える力も出てまいりました。次に、コミュニティという話があって、集合住宅に住みながら隣人と関わりたくないという人が多くなっていますが、これは今後大きな問題だろうと思います。隣同士とコミュニティをどう持つのか。隣同士とどういうふうに生きていくかみたいなことがますますなくなっていく。そういう帰属意識とか領域感とかいうものをどう育ててゆくかというのが一つ課題でしょう。そういうことで、個から集団または集団から個みたいなものが今後やっぱり集合住宅の質ということで問われる必要があると思います。
これは嬉しかった話ですが、20年前に私が設計したその中古のマンションを買った方の手記が週刊住宅情報に出ていました。20年前のもので外壁の仕上げが吹き付けタイルで、しかも値は全然下がってないのに買った。その理由は、そこの建物がどんな状態にあるか、住んでいる人やまわりの環境がきちっと把握できる、管理もどういうふうにしてきたかがきちっと分かるから安心できた。新築のマンションは、今後どうなるのだろう、どんな人が入ってきて、どんな管理をして、どういうふうに維持管理がされていくのかということが不安だった。中古物件でありながら四千万くらいで高かったけれど買ったと。自分が設計したマンションがそういうふうに書かれるというのは大変うれしいと同時にやはり住宅は2、30年後を見越して作るべきものと改めて感じました。
   鎌田 30年間の質の変化を今お話頂いたわけですけれども、吉井さんとしては居住者の要求に沿ったかたちで変化してきたとお考えですか。
   吉井 初期段階では例えば建築技術者、設計者とディベロッパーとがともに考えながらというような時代がありました。だんだん情報が増えてくるとビジネスをやっていく上で、売るものは何かという情報を捉えられるディベロッパーが中心に動いてゆくようになる。建築技術者は、ディベロッパーからスペックが出てくると、そのスペックに従って設計をするようになっていく。その中で、ビジネスとして成り立つものと、ビジネスとはならなくても20年後、30年後を考える上で忘れてはならないものとが出てくる。その点が置いてきぼりになってるんじゃないかという気がします。
長く持たせなくてはならないということに対してどうするか。最近SIが出てきてだいぶ変わってきておりますけれども、やはりそのへんをしっかりやらないといけない。
   鎌田 それでは、新しいお仕事としてマンションの中での注文性をうまく作り出していらっしゃるデザインクラブの小川さんにお聞きしたいと思います。よろしくお願いします。
   小川 関西で新築マンションのセミオーダー事業の企画運用をやっておりますデザインクラブの代表の小川と申します。会社を設立して今年の春で三年経つのですけど、これまでに30棟やらせていただきました。
デザインクラブの仕事は、民間のディベロッパーが販売されるマンションの購入者で、早い段階で御契約された方に対して工程に悪影響の出ない範囲で、間取りの変更のお手伝いなどをする、変更設計と変更金額の取りまとめという仕事をさせて頂いています。デザインクラブがどういう気持ちで仕事をしているかと言いますと、建築家はある意味ではドクターであり、デザインクラブのスタッフは、まあナースであると思っています。ドクターが処方箋を書いても、患者さんは薬の飲み方がよくわからない。お腹が痛くなったら我慢しないですぐ飲んでいいとかいうようなことを一人一人の方に対して相談を受けて対応していくということです。事業主は、一番多い変更をメニュー化して、デザインクラブのような個別対応は大変なのでやらないでおきたいとおっしゃる。いつまで経っても量産の思想のようなことから出られないのかと非常に残念でもあり悲しくもあります。
一人一人のお客様と接していきますと、ずいぶんたくさんのことを勉強させて頂いておりますし、スリーブの位置ですとか、窓のサッシの位置とか、この部分がちょっとこんなふうになっていると後からこんなふうに可変性が出てくるのになあとかのご指摘を受けます。そういうことを逆に事業主のほうにフィードバックさせて頂いてます。マンションがモデルルームで販売されているということが多いのですが、内容が正確に決まっているのはモデルルームになっているタイプだけで、モデルルームになっていないタイプを買う場合、ここの廊下の物入れというのは上下に分かれているのか、それとも上から下までの収納になっているのか、棚板は何枚なのか、リビングのところに収納があるけどこれは上下に分かれているのか、照明がついているのか、コンセントがどうなっているのかというのがパンフレットだけでは分からない。それらを一つ一つはっきりさせながら不具合を直していく。お客様は、自由設計とかセミオーダーというと、二、三百万かかるんじゃないかとよく言われるんですけれども、事業主とかゼネコンの理解もあって差額精算にしてますので、お客様の負担金額は平均すると、せいぜい45万から60万ぐらい、芦屋周辺でも百万くらいの差額で間取りが変わっている。オプション販売で設備的にいろんなものをつけてもすぐ5、60万かかるのにこんな金額でできるんだ。自分はこれから老いていくので廊下が狭いのが気に入らない。じゃあ廊下広くしましょうか。えっそんなことできるのとか。和室を洋室にするのはただで出来るというのは知ってるんだけど、廊下を広げるのもできるんだとかですね。コンセントとスイッチの位置も変更することができるんですよというようなことが伝えていけるところがいい。
供給者側はできるだけ個々のお客様と接点を持とうとしているのですが、私達はその間で仕事をしていると、接点があるように見えて、実はすれ違っていると感じています。それをきちんとつなぐようにお手伝いしていくデザインクラブであればと思います。売れたらいいじゃないか、セミオーダーとか言えばお客さんは買ってくれるんだからやろうというドクターの下で仕事をするのではなくて、これからはこういう住宅を供給していかなければならないという信念のドクターとのお仕事をさせて頂きたいと思っています。
   鎌田 おやりになった30棟というのは、ケースによって違うんでしょうが、どのタイプについても変更できるというのですか。それともタイプが限定されているのでしょうか。
   小川 基本的には工期に大きく影響が出ますので、着工と同時に販売される物件で、第一期に販売される住戸に対して対応可能というのが条件です。タワーの場合は第二期、物件によっては第三期までというふうにゼネコンと事業主とスケジュールの調整をしながらやるんですが、タイプに関して限定はないです。
   鎌田 プロジェクトによって差があるかもしれませんが、利用される方の割合はどの程度なんでしょうか。
   小川 第一期の販売では物件を契約された方のだいたい8割から9割の方が利用下さいます。私達もアンケートを取ってるんですが、チラシに自由設計、フリーオーダーとかいろいろ書いて下さるんですが、フリーオーダーだから販売センターに来たというお客さまは少ないんですね。この仕組みをどうして知りましたかと聞くとチラシなどではなくて、販売センターに来て営業の人に説明を聞いて初めて分かったと。
テーマ性をつくった有償メニューであるとか、カラーセレクトとかそういうものを組み合わせてセミオーダーとかの言い方をしていますので、お客様がそういう言葉に対して、具体的にそれが何なのかということを分からずにいらっしゃる。リビング扉の位置が移動できると言うと、そんなことしていいのとお聞きになるんですが、最後はできるならばぜひそうしたいとなる。
   鎌田 マンションの場合、何期かに分けて募集することがありますけれども、今のお話だと、初めの方の契約じゃないと無理ということですね。
   小川 はい。ですから、まだ出来上がっていないのに早く契約をしなければいけないということに納得がいかないというお客さまもいらっしゃるのですが、逆に言えば、早く契約をすることでいいこともある。お客様が、完成してから買うのか、それとも早い段階で契約をして設計変更したいかの選ぶメニューが増えたという意味ではいいことかと思っています。
   鎌田 平均的には何回くらい、のべ何時間くらいの打ち合わせをされるのでしょうか。
   小川 一人のお客様と会うのは、だいたい十回平均くらいです。ただ、私達の仕事の中では施工図の確認、それから中間検査、それから竣工検査、あと内覧会の立ち合いまで行いますし、携帯電話で連絡が来ることもあります。内容をまとめて工事が出来上がっていく途上で、お客さまは現場を御覧になる。昨日も今日も見てるんだけど、大工さんが、隣の部屋にはバタバタ出入りしてるのに、自分の部屋には全然入ってない。本当に工事してくれているんだろうかと不安になって、お電話を頂戴したりすることもある。携帯電話の回数なども含めるととてもそんな回数では終わってないと思います。
   鎌田 有難うございました。
それでは、集合住宅の別のつくられかたでありますコーポラティブあるいは密集地の共同建替えなどをやってらっしゃいます萩原さんからお話をお聞きしたいと思います。
   萩原 象地域設計の萩原と申します。集合住宅というところから言うと、いささか毛色の違った分野かと思いますが、私は20年近く前からコーポラティブ住宅づくりの仕事をしてきました。最初のきっかけは、ある保育園に子供を預けておられるお母さん達が、せっかく同じ地域でいい人間関係が出来たんだから、このまま同じ地域で長く住めるような住まい方はないかという相談から出発しました。その方達は公団住宅に住まわれていたんですが、非常に手狭になってきたがその広さの問題を戸建て住宅等で解決するに費用が足らない。思い切って共同で土地を購入して自分達の住まいを集合してつくればという提案をしたところ、それはいい話だということで、第一号のコーポラティブ住宅がつくられました。その後、共同して自分達の住まいをつくろうというやり方が市街地の密集した住宅地で住宅の改善につなげていく方策につながるのではないかと自治体の方々が注目し、私達がそのお手伝いをするようになった。そんな経緯で密集市街地での住民の方々の共同の土地利用、結果的には集合住宅として、コーポラティブ住宅的な集合住宅づくりをして、環境や住まいの改善もしていこうとしてます。住まい手が決まっている集合住宅というところに大きな特徴があります。
日本の集合住宅は、長屋にしろ社宅にしろ公団住宅にしろ、最初は住宅を量的に解消する手段として集合住宅がつくられてきたと思います。住み手そのものが集まって住むということを要求していない。しかたがないから集合住宅に住むといった発想が長く続いているように思います。コーポラティブ住宅というのは、人々が集まって暮らすということに合意をしたときに初めて成り立つ。共同建替えというのも実は、もともと戸建てに住んでいるが、密集している市街地で、道路がない、路地の先の方に木造建物が老朽化してつながっている、建て替えようと思っても、建築基準法上は建替えができない、住んでいる方はみな高齢化して、若者達は外へ出ていってしまっている。そういったところで最終的には共同建替えというのは共同の土地利用、つまり集まって住むという合意をしないと実現しない。集まって住むのはどうやらうまくいきそうだ、いや楽しいことかもしれんというところにつなげていかないと、合意というのは成立しないと思います。
私が、既成市街地の中で共同建替えの相談を、地域の住民の方々とやっていくと、集合住宅のあり方に対する様々な拒否反応や抵抗に直面します。画一的だ、あんな所では、息苦しくて暮らしていけないといったようなこと。自由にできないじゃないか、窓が少ないぞ。親戚のマンションに行ってみたら、便所から何からみんな電気つけないと暮らせないじゃないか。音の問題で、親戚の息子は随分悩んでいるようだとか。あんな所に住むと大変だとか、あるいは修繕の問題だとか、それから欠陥マンションの問題に対する恐れだとかといったような疑問や不安が次々と出ます。管理費の負担がどうも大変だと、戸建てだとそんなもの負担しなくてもいいのに、集合住宅は管理費とか積立金とかがかなわんとか。どうもマンションは何やらモダンすぎて私の肌に合わないとか。余計なものがいっぱいついてる。自分としては必要がなさそうなのにああいうものを押し付けられてはかなわんなども。
私達は、これらに対して集合住宅の本来のあり方だとか、今の技術で解決できる問題だとかを皆さんにお話ししていきます。そういった中で、理解を進め、同時に自分達の住まいをつくるという姿勢で、物事を解決していこうという呼び掛けをさらにしていきます。つまり、自分達が集まって気兼ねなく暮らせるためにどうしたらいいのか。例えば、音の問題でトラブルが起こるといやだということに関しては、じゃあそれを優先していこうじゃないかと。また維持管理が容易になるような選択を材料を含めて考えていこうじゃないかと呼び掛けていきます。つまり自分達でものづくりに参加できる仕組みを提案をします。コーポラティブも共同建替えも、私達は合意ができた初期の段階から、建物づくりを住民の皆様と一緒に考えてゆきます。そのプロセスの中で、共有部分の物干金物一つをたくさんの議論をして選択するといったこともやってきました。
一般的な集合住宅は量的に供給していくことで、市場性とか商品性を重視してゆかざるを得ない側面があるわけですが、住まい手が決まっている集合住宅は、それぞれの家族の暮らしに合わせた住まいづくりができる。
具体例をご紹介しますが、これは五人家族と犬がいるコーポラティブ住宅なんですが、とにかく台所を中心に暮らしを成り立たせたい、従来もそういう住まい方をしていたということで、厨房を家のセンターに置いて、今までの家族の暮らしの延長をここで築きあげたい、プライベートルームは最低限でいいというような要求の住まいです。この方は非常に予算がない方で、内装の仕上げについてはコンクリートの打放し、床材は建築現場の足場板を削ってそのままはりました。家具は、御主人が手作りで作ったものがかなりあります。障子は、古建材屋さんから買ってきて、自分で取り付けた。
これは御主人が車椅子を常用される御夫婦二人だけの住まいです。都営住宅の障害者住宅に住んでいたのですが、この方の場合は足が直角に曲がらない障害のために障害者住宅であってもなかなか住みこなせないといった理由でコープ住宅に参加してこられた。食卓は中に脚がない。流し台足下の収納がない。当然、トイレや浴室は車椅子で行き来できます。この方の浴室は、洗い場の床が浴槽と同じ高さになってます。
それから、これは昨年の11月に出来上がったばかりの市街地の共同建替えの例です。ここだけが道路で、あとは路地で基準法上の道路ではありません。この部分が全部道路に接していない。表通りの住宅もこのよう老朽化しています。奥のほうは、築40年の住宅で地震があったらひとたまりもない。地主さんと、借地人の方で住宅の更新をしようと相談をして合意が出来た。敷地は約770m2で、5階建、全22所帯の集合住宅です。地主さんはここで自分の住まいと借地人全員の賃貸住宅を実現したのです。自分達の住環境を改善しながら近隣との関係も良好にしていこうということで、ここに通り抜けの通路、奥のほうの人達が商店街にまっすぐ歩行して出られるような空間を確保しています。出来上がった一戸だけ内部を紹介します。この住宅はメゾネットで、吹き抜けの大きな空間があります。各住宅は全体の設計者と別に、それぞれ個別の住宅を設計する担当者を配置してそれぞれの要求を実現するようにしています。ここは昨年から暮らしが始まったばかりで、どういうふうにくらしを積み上げていくのか楽しみです。
   鎌田 いわゆる通常のマンションとコーポラティブ住宅、あるいは共同建替えで違うと思うところ、それがプロセスじゃなくて、具体的に出来上がったものとして違う点がいくつかあれば指摘して頂きたい。またある人のニーズに合わせた設計になってるわけですけれども、ストックとして考えた場合に、どんな仕掛けがされているか補足して頂けますか。
   萩原 技術的な違いというのは技術そのものではあまりないと思っています。ただ、一般に市場あるいは商品として価値をどうするかという、そういう判断基準が我々技術者の方にはないですむというということで、その辺の技術的アプローチが少々違うかなあというところだと思います。結果はそんなにかわっていないと思います。ストックとしての考え方ですが、これも発想が少々違って、それぞれの住まいが永住という視点に立っていますので、流通はユーザーの方からあまり要求が出てきません。ただ技術者としては当然、スケルトンインフィルの関係とか長期に対応できるような配慮だとかいったことはある程度進めていく必要があると考えています。
   鎌田 最後になりましたけれども、週刊住宅情報を担当されていて、ある意味で日本の住宅市場をリードされてこられた、大久保さんにお話いただければと思います。
   大久保 住宅情報の大久保でございます。住宅情報は創刊致しまして四半世紀を経るところまで来ております。この間、多くのマンション情報を比較検討して、読者一人一人にふさわしいマンションを選んで頂きたいという編集コンセプトを続けてきた訳です。そういう立場で、今日のテーマでありますマンションの質を高めるためにはいったい何が必要かということを考えてみますと、マンションの質についていかに消費者が関心を持ち、関心を持つ事を通してどれだけ高いレベルの情報知識をインプットできるかどうかいうことにかかっていると思います。これまで例えば音の問題で言えばL値はこのくらいがいいですよなんていう情報も流してまいりました。そういう情報を流しますと、消費者はモデルルームに行きましてこのマンションのL値はいくつですかと尋ねたりします。そんな形で急速に遮音性を意識したマンションが世の中に多く出回るという循環を作るお手伝いをしてきたようなところもあると思います。マンションの販売会社の方から、あまり消費者を賢くするなというふうなお叱りを頂いたりもしました。本日はマンションの販売会社の方とか、売り主の方も多くお見えと思いますけれども、そういうお叱りを覚悟の上で、消費者を賢くするのが実はマンションの質を高めていく一つのポイントではなかろうかと思います。今の住宅の購入者はマンションの質に対して非常に関心が高くて、それなりの情報のレベルも高いかというとそうでもないと思っています。ここ二年間くらいで、新築マンションを買われた方々に組織だったアンケートを致しましたら、20%の方はモデルルームを見て衝動買いをしていらっしゃる。吉井さんは一生懸命、質の面でも工夫しながらマンションの設計をなさり、フロアの中にも設計を一生懸命やってらっしゃる方がおられると思いますが、衝動買いする人もいるということは、一生懸命作ってる方は残念とお思いになるでしょう。住宅価格も安くなりまして、賃貸のアパートとか社宅に住んでいる人がモデルルームを見ると、ついそれで手を打つのかと思うのですが、もしここで消費者が住宅の質の点でもう少し知識を持っていれば、あと数物件見て比較しようという気になるのではないか。消費者を賢くするような情報が、消費者にきちんと届いてるのかの現状を見てみますと、消費者は、基本的にはチラシですとか新聞広告ですとか、私どもの住宅情報誌とか、友の会と言われる不動産会社が作っておられるようなダイレクト情報誌を御覧になったりする訳ですけれども、その中に書かれているマンションの情報そのものを横並びで見ていきますと、相変わらず価格、広さ、間取り、交通といったスペックがもっともウェイトの高いところにございます。間取りや設備も書かれていますけれども、比較的断片的な情報に限られています。これは私どもの住宅情報も同じです。誌面が限られているという言い訳をしてもしょうがないのですが、相変わらず価格や交通や間取りを紹介するぐらいで、詳しいマンションに関する質の情報をきちんと提供しているかといえば、まだまだ不足していると思います。そういう不足しがちな情報の中で、マンションを買う人達というのはどういうポイントを重視しながら買っているかといいますと、一番ポイントが高いのは、フローリング床材のマンションについては遮音性です。次に駐車場が100%あるかといったところを気にしておられます。バルコニーの奥行きとか、天井高、免震構造であるかどうか、そして壁厚と床厚といったところが住宅の質の点での、エンドユーザーの重視項目と言えると思います。
過去二年間ぐらいのマンションを買った方々に、入居後、実際に重視項目に満足したか、それ以外に不満点は出てきたかということを聞きますと、ノンホルムアルデヒドのクロスの方が良かったとか、ハイサッシの方が良かったとか、トランクルームがついてたほうが良かったとか、お風呂に窓がついてれば良かったとか、柱や梁の出っ張りがここまで家具の配置とか居住空間の広がりを疎外するとは思わなかったとか、結露がでるとか、収納が足りなかったというような不満を持たれています。質に関する情報が比較的少ない中で、買う方達は断片的にしかチェックが出来ないということもあって、本当は自分はどういう生活をしたいのか、その生活を基に、求める住宅の質は何なのかということに即して、住宅のスペックをチェックしていくと、どうなるのかといった体系だった整理ができていないために、実生活をしてみると不満点が出てくるという事でしょう。最近は共働きが多いのですが、共働きの人達が住宅に求めるものはなんだろうと、編集部の人達と話をしましたら、まず掃除がしやすい事だろうとなりました。掃除がしやすいという点で、住宅のチェック項目を提示したらどうなるかというと、例えば絨毯よりフローリングの方がずっと掃除がしやすい。高齢者対応というのではなくて、家事がしやすいという観点で見てもフラットな床でしょうとか、共働きは忙しい、忙しいから片付かない、片付かないとイライラしてケンカが多くなって家族全員が不幸だ。では、片付く家というのは何か。各部屋に必ず収納がないとだめ、さらに大きな納戸やクローゼットが一つあると大物も収納できますとか。そしてトランクルームもあった方が、いつもは使わないものが収納できるということも。収納いっぱいといううたわれ方よりも、家事、共働きにとって家事が効率良くできるといういい方が、ずっと質のチェックが体系立てて出来るんじゃないかという話になりました。例えば、よく24時間換気システムというのが、断片的に私どもの住宅のレポートページとかパンフレットに載っておりますけれども、共働きがしやすいという観点から見ますと、日中誰もいない訳ですから空気がこもりがちですよね。そうするとカビやダニが発生しやすくなったりするわけですけれども、そういう共働きだからこそ、24時間換気システムというのがいいんですとなります。住まいに求める生活像といったものから質をチェックしていくような情報の整理の仕方をしていかなければいけない。今日こういうテーマを与えて頂いたがために編集部と話し合いをしながら、逆に住宅情報の情報提供の未熟さみたいなものも感じた次第です。先ほど小川さんが、御自分の役割をナースとおっしゃいましたが、私どもは実際にマンションを設計なさったり、施工なさったりする立場の方、そしてマンションをお売りになるマンション開発の方、そして販売を手掛けられる方と消費者を結ぶ翻訳者のようなものだと思っていまして、翻訳者としては、これからは単純に価格だとか広さだとかから割安の住宅を御探し下さいという観点ではなくて、どんな暮らしを求めていますか、その暮らしをしたいんだったらこういう質のチェックをしてみて下さいというふうな形に、情報を翻訳していくことが必要なんだろうと思いました。そういう翻訳こそが、消費者に知識、情報を体系立ててインプットすることになる。そうすると消費者は賢くなってモデルルームに行って、厳しい質問をしたりする、それが回り回って、供給サイドの方々にとっても住宅の質を上げていかなければならないというふうな循環になってくればと思っています。
技術者とエンドユーザーの情報交換というところですけれども、消費者は、私どものような情報誌やチラシなんかで情報を見ましたら、次にモデルルームに行く訳ですけれども、モデルルームには少なからず、マンションの質が分かるような、例えば床のスラブ厚の模型があったりしますけれども、やっぱり断片的な情報の提供に終わっていたりします。販売員の方にお尋ね致しましても、なかなか質に関する説明を頂くという事がないのです。消費者というのは、できれば実際にそのマンションを作った人達に話を聞いてみたいと思っています。例えばモデルルームの案内会のようなものがあるかと思うのですが、販売担当の営業の方がお話されるだけではなくて、マンションの特色、質に関わるものについて、消費者がこういう生活を考えているんだけど、その視点から見たときにこのマンションはどうですかといった質問に、設計者の立場から率直にお答え頂くような場面があると、ずいぶん消費者も安心して、そのマンションを納得して買っていく事ができると思います。営業の方よりも、技術者の方が説得力を持つということもあるのではないかと思います。モデルルームはあくまで仮の見本であり、消費者は基本的に青田の段階でマンションを買う事になります。三千万も四千万もするようなものを、皆さん本物を見ないで、よく怖がらずに買ってらっしゃる。供給量がナンバーワンの不動産会社さんですけれども、工事の途中で三回くらいの主要なプロセスに分けて見学会をやっておられます。その工事見学会にはやはり施工をなさる側の責任者の方が、そのマンションの施工面についていろいろ説明をされるそうです。そしてそのマンションを検討している人は不安もなくそのマンションを買っていけるということもあります。そういう意味で、マンションの販売現場に建築技術に携わる方々が登場なさると、消費者の質に関する知識とか、情報のインプットのレベルが高くなり、さらには納得しながら買っていける。良好な質のマンションがマーケットに出てきて、それを消費者が納得して買っていくということになればマーケットの活性化も出来てくるのではないかと思っています。マンションの現場に、建築技術者の方の登場が待たれるところです。
   鎌田 大久保さんからは非常に具体的にライフスタイルというか生活に即した形で、高齢者なら高齢者、共働きなら共働き、そういう生活を具体的にイメージして、それに対して体系的に必要な情報を整理すると質が当然そこに出てくるだろうというお話でしたけれども、そういう作業を建築技術支援協会と一緒にやれたらいいなと思いました。
さて、これでパネリストの方の最初のお話が一巡したわけです。最初の吉井さんの話にもう一度戻りたいと思うんですけれども、ビジネスに乗ってくる性能、あるいは技術というものと、そこには登場してこないんだけれど吉井さんから見たら非常に重要だと思われるものがあって、例えば長期的な耐久性とかが、先ほどのお話だと現時点ではきちっと評価されてこないと言われたと思うんですが、そこに住んでいる人が登場する事によって、吉井さんが気にされていることがもう一度表に出てくるということはありえないのでしょうか。
   吉井 関西の地震で倒れてしまったマンションがいまだにどうにもならない。それは区分所有法という法律に関わることもありますけれども、結局資金的な事もある。いったん住めなくなってみないと分からないというのが現実です。あれから分譲マンションより賃貸マンションの方がいいと考える人が増えた。免震構造も増えてきました。先ほど大久保さんの話にもありましたが、ユーザーを調べていくと、価格だとか場所だとか大きさだとかの序列があり、その順番でやっていくと、ある価格の中ではやれる範囲の限界というのがあります。例えばスラブ厚が20cm以上ありますよと言っても、もう一つ、コンクリートの耐久性は50年なのか100年なのか200年かというようなことがあるわけです。当然それはコスト的に反映してくる。コストを限界まで持っていくと、じゃあ並みでいいじゃないかということになります。設備の配管とかダクトも、材料によって倍も長持ちするものもあれば、半分しか持たない物も現実に使われています。そういうことは買う方というのはほとんど分からない。そういうことをちゃんとパンフレットにうたってあるのは非常に少ない。結局消費者の目に止まるものだけで質をうたうだけではまずいのではないか。私が20年前に設計したマンションは吹き付けタイルですし、設備もグレードが低い。ところがそれと今のマンションの建設コストはほとんど変わらない。それは企業努力とかコストが下がったとかいろんなことがありますが、正直無理が生じているところもたくさんあると思います。バブルの時の一年持って売ってしまえば一千万儲かるといった時代のマンションと、一生住もうとなったときには違うのでして、今からはそういうことを明確にすべきでしょう。安く供給するということは事業者側の仕組みですけれども、その中で大切なものを忘れてしまうということがある。先ほど免震を重視するデータがあるとの紹介がありましたが、例えば免震とか、制振(制震)とか、耐震とかと言われても一般の方は分かりづらいということがあります。今や大震災で倒れるような建物はあまりないと思いますけれども、たまたま今、私、元麻布で超高層をやってまして、これは森ビルさんからの仕事ですけれども、森ビルの社長さんが、「吉井君、今の先端技術を超高層で使ったら、関東大震災みたいなとき、最上階で、ワイングラスが倒れないですむと保証できるか」と。つまり、大地震のときに、ワインを飲んでて地震が起こったことに気が付かないというほど技術が進んできているかどうかと。そういうことは現実にできる時代になってきたわけですけれども、そういう技術をどのマンションも持ち得るということはとてもいいことです。阪神大震災の時に、倒れなかったけれども食器棚から全部物が落ちて、逃げるとき足をけがしたとかそういうことも多かったわけです。そういうような生命を守るということと財産を守るということを含めまして、まだ改善すべきことはたくさんあると思います。
   鎌田 バブル期の、「住宅すごろく」の中でのマンションつまりいつかは売って住み移るという形ではなくなって来ただけに、品質というものが要求されているんのですけれども、一方でコストの面で非常に厳しい状況にあるというようなお話だったと思いますが、それをどうやって消費者に伝えていくかという話が次にくると思います。ちょっと話を転じまして、小川さんは、ナースとしては、できれば理解のあるお医者さんといっしょにやりたいというふうにおっしゃっいましたが、ナースと言ってないでお医者さんをやるというところまでは考えてらっしゃらないのですか。
   小川 はい、今SI住宅がすいぶん話題になって、床のふところをきちんととって水回りがフリーになる、それからサッシの位置もある規定の範囲内で変える事ができるという物件を担当しています。その時にお客様と打ち合わせをすると、水回りをバルコニー側に持っていきたいからこのマンションを買ったという方は非常に少ない。躯体がどうあるべきかという話とプランがフリーであるという事はお客様にとっては別々の話だと思うのです。
また、よいお医者さんと仕事をしたいという話をしたのは供給者側の姿勢という事でもあるんですが、お客様の気持ちのつかみ方は大変に難しいところで、個別に対応していくと、飾り物のニッチであるとか、腰壁であるとかのデコレーション的なものは排除してほしいという要望も非常に多いんです。では最初から何もないような物件で販売した時に、果たしてお客様が来てくれるのか。ユーザーの夢、本当の気持ち、住まうという点で何を要件としているかということが重なりあっているようで、実際はすれ違いのようなものを相変わらず感じています。契約後になって、この躯体はどうなのかとか、それから将来的には家族がこういうふうに変わっていく可能性があるので、そのために今どういう手を打ったらいいかとかの相談を受けはじめます。先ほど大久保さんから翻訳者だというお話がありましたが、私達もそんな役割を担っているところがあり、設計の方がこういう思いでこの物件をつくってきたんですとか、事業主の思いはこういうものだったんだということを話していく事で納得をして頂くというケースもあります。お客様は営業マンの話をあまり聞きたがらない傾向があって、営業の方は本当にその物件の事を勉強されて一生懸命説明するんですが、お客様は聞いているようなふりをして全然違うところを見ている。デザインクラブのようなまったく違った事業体で、違うサービスを提供している人間に対しては非常に心を開いて質問をしてくださるということもあります。そういう意味では、ナースとしての役割というのも重要でやらなくてはいけない事がたくさんあって、とてもドクターにとかそういうことは今は考えていません。
   鎌田 萩原さん、今一般的なマンションの話をしてまして、小川さんのやってらっしゃるようなことがもう少し進んでいったり、それからSIなんかが出てきて、隣とのやり取りができるような事も将来的には考えられるわけですけれども、もともと萩原さんは各住戸の要求だけじゃなくて、住戸間の要求の調整というのも、コーポラティブの中ではやってこられたと思うんですけれどもお互いにけんかするような事はないんですか。
   萩原 集合住宅というのは集まって住むというのが絶対条件だと思います。集まって住むというのはそこで暮らす事が前提になるわけですから、吉井さんがおっしゃったように、コミュニティをどうつくるかということも私は技術者の仕事だと思っています。自分達の住まいをつくる全プロセスを通じて、自分達の集合住宅のいろんな質も、つくるプロセスを参加というかたちで共有して、そういうところでかなり愛着もわいてくる。隣人だとか上下階関係の、暮らす人との付き合いというのも非常に濃密になってくる。この辺も大きな違いなのです。冒頭に私は音の問題を言いましたけれども、初動段階で音の問題はかなり出てくるんですが、だいたい合意が出来て実際の集合住宅づくりをするプロセスの中で、音の問題はだんだん消えていくんですね。もちろんある一定の質は確保していきますが、最終的にはお互いに知り合った関係の中で、質の違うトラブルと言いますか、見知らぬ人間関係の間で起こるようないさかいというものは消えていく。最終的にはどれだけいいコミュニティがつくれるかというのが非常に大きな要素だろうと思います。実は私、マンション相談を随分やりまして、管理組合の人達が相談に来ると、やっぱり基本は管理組合にしても自治会活動にしても、マンションの中での人の交流をいかに深くやっていくかということにかかっているといっております。大規模修繕なんかもコミュニティづくりの一環として取り組みなさいという助言をずいぶんやります。そういう過程を通じて、人と物の関わりの質が大きく変わってくると思っています。
   鎌田 その辺、大久保さんはどうでしょうか。集合住宅というのはドア一つというのと、萩原さんや千葉大の延藤先生みたいに、集まって住む事は楽しいというふうに積極的にコミュニティがつくれる住まい方だというふうに理解する人と、二つあるように思うんですけれども。
   大久保 今マンションを買ってらっしゃる方達の世代でいきますと、大体30代の前半くらいの方たちが多いんです。その人達は、親御さんが団塊の世代の方が多くいらっしゃいますので、基本的にマンションの暮らしを知ってるんですね。ですから自然にマンションの生活を受け止めるという方が多い。さらには今、専業主婦率がどんどん落ちてまして、フルタイムもしくはパートタイムを含めて、お母さんは日中は家にいないという家庭が相当増えている。そうしますと、日常のメンテナンスですとか、防犯などを含めて、やはり、利便性の高い立地のマンションの方が今の生活にはフィットしていると考える方達が増えていると思っています。前より自然に集合住宅を受け入れる。生活環境そのものが共働きというところもあり、より利便性を追求できるマンションに生活の拠点を持とうというニーズは増えていると思っています。
そんな中でコミュニティの意識は、実はあまり高くはないと思います。週末に子供を通して知り合ったお母さまどうしが、コアになってホームパーティという事はあろうかと思いますけれども、基本的にコミュニティとして望まれるのは、同じ価値観を持った同世代の人達とのコミュニケーションで、世代の違う人達とのコミュニケーションは望んでいないようです。地域のコミュニティのあり方からすれば望ましい姿かどうか疑問を持ちますが、現実はそのようなところでしょう。
   鎌田 まあコミュニティというと少しソフトな感じがしますけれども、さっき萩原さんから大規模修繕のような質を改善するという事もやはり集まって住む事の意味といいますか、コミュニティづくりのきっかけにさえなるんだという話がありましたけれども、吉井さんもだいぶコミュニティの事はいわれていて、どうもうまく行かないとおっしゃっていたように思うのですが。
   吉井 やっぱりデータ的には大久保さんがおっしゃったとおりで、そういう事が煩わしいからマンションに入るという方も多数いらっしゃる。寂しいかなそうです。集まって住むという事が、単純にエコノミーといいますか容積率をつまり土地利用を合理的にして安く住むことができるものをつくることからまだ脱却できていないと言えるんじゃないかと思います。これからますます高齢化してゆく中で、地域との関わりについてリタイヤした人達はどうするかという事を考えているケースもありますけれども、そうじゃなくて玄関の外に共用廊下があるだけというものもたくさんあります。そういうしつらいで隣同士が助け合っていけるんだろうか。
これは家族の事でも言えて、プランニングとして昔はPP分離とかいう言い方、つまりプライベートとパブリックを分離する方がいい設計なんだというようなことがありました。それで高級マンションなんかはそういうふうな設計をしている。大衆マンションと言いますか、片廊下で北側から入っていくようなのは自然と南にリビングがあって、後側に個室がある。ただいまも言わずに自分の部屋に入るということになります。そういうプランでいいのかという話になります。
最近はリビング入りという言い方で、まずリビングに入ってから他の部屋に入るというプランニングが多くなって、さっきの萩原さんのプランにも、どっちかというと台所を中心にとか、あんまり扉がないのがありました。戸建て住宅というのは、法律上、基本的には4mの道路に2m以上接していないと確認がおりないわけです。集合住宅は1m50cmの廊下にそのまま飛び出してもいい。戸建て住宅は道路下の排水管などは全部行政が管理してくれるわけだけれども、マンションの場合は自分達で直さなければならない。郵便屋さんも各戸までこない。同じ税金を払っていても全然違う。
事業者側というか我々も含めてなんですが、有効率が高いとか低いとか言いまして、有効率が高い方がいい設計みたいにいう場合もありました。有効率を重んじてゆくと共用部分が少ない方がいいとなります。そこは無効なのだということになります。今、私達は有効率というのはよそうと言ってます。専有率と呼ぼうよと。無効なところが大切な時代が来るだろうというようなことで専有率と呼んでいます。今、若いユーザーはまだそうではないですが、いずれ助け合わなくてはならない時代が来る。20年後を考えた場合にはそういう事だろうと思います。
   鎌田 そろそろ時間ですので、まとめに入りたいと思うのですけれども、もともと難しいテーマですし、今日は同じ集合住宅でもアクセスの仕方の違う方々に集まって頂きましたので、一つの結論には行き着かないと思いますけれども、もう一度、今日のシンポジウムのテーマを再確認しておきたいと思うんです。最終的な目標はマンションの質をいかに高めるか、そのために何をすべきか、特に技術者のレベルで何をすべきかという事でして、それについて冒頭で松村先生が整理されたように、技術者同士がいろいろ議論をしたり、それから先端的な技術を趣向的に試みるという事ではどうもない。マンションの質を高めるために今必要な事は、住まい手のニーズ、住まい手の要求しているものにどう応えていくか、それを汲み取る事だし、それから技術者が考えている事をきちんと正確に住まい手に伝える。住まい手が住宅を判断したり自分の住宅を設計したりする時に、それに必要な事をきちんと伝えていく事が必要なんじゃないかと。あるいはフィードバックという事もあるわけですが、そういう中でマンションの質が高められていく、そういう時代なんじゃないかというのが、我々サーツの問題意識でした。そういう視点で最後に、パネリストの方に、こんどは始めとは逆に大久保さんのほうから一言ずつ順にお願いします。
   大久保 ここ数年新築のマンションについては大量供給が進んでおります。そこで何が起こっているかというと、とにかく売れなければならない、売れ行きを促進するために価格を下げるという手を打つような動きがあるだろうと思います。ですが本当の意味で質が高ければ、高い価格設定でも売れるというのがマーケットとして健全だと私は思います。いいものも悪いものもおしなべて競争のために安くなっていくというのは、決して健全なマーケットであるとは言えない。
消費者が品質に対しての関心を持つ。関心を持つために、業界も含めて品質の情報を消費者にインプットする。品質がいいものはやはり高いんだというふうな、またいいものは中古になってもそれなりの価値があるんだというふうなマーケットをつくっていくのが健全ではないかと思っています。
   萩原 私は、少子化傾向で住宅の建設戸数も大幅に減少すると見込まれている現状を私達も踏まえていかなければいけないとまず思います。現在はつくられたニーズが多すぎるという印象を持っています。私達としては、住まい手側に潜在的なニーズにアプローチするような努力がもっと必要ではないかと思っています。例えば、集合住宅に長期に関わって暮らす住まい手のためにどう耐久性のある住宅をつくっていくか、それから可変性に優れた住まいづくり、これを技術の仕組みとしてどう組み上げていくかといったようなことをもっと技術者としてやっていく必要があると思っています。
   小川 今までは戸建てを買えなかった方がやむなくマンションを買っているという状況だったと思うんですが、積極的にマンションを買いたいというお客様が増えていると思います。そういう意味では、戸建てとマンションが対等にどちらかを選ぶかという選択肢がでてきたと思います。今日他のパネリストのお話を伺って、ナースの役割としましては、技術的な事、例えば品質の確保というものを分かりやすい用語でお客様に伝えていくこと、たくさんのプロジェクトに関わった人達の技術が、これからの暮らしのどこを支えて何を助けてくれるのかということをきちんと一人づつに伝えていきながら仕事をしてゆくことが出来たらなあと思いました。
   吉井 例えば、車は100万の車もあれば1000万の車もある。それだけの違いがあるから皆さん買われるわけで、やはり住宅もそういうものでなければと思います。価値観を皆さんが知った上で買う。例えば20年間持てばよくて、あと子供に残すものはないんだという場合もあれば、孫の代まで住みつづけるんだという価値観の違いもあるでしょうから、そういうものを見分けられるようなものをつくっていく必要があると思います。だんだん永住型になっていくとき、ヨーロッパのようなまちまみにしようと思ったら、100年とか200年とか住み継いでいく。そういう中ではそれを構築するスケルトンが大切になります。私どもは、梁がなくて床と柱だけで出来たようなものを展開していこうとしています。そういうスケルトンになってくれば、内部はもっと自由になる。ゼネコンは、全ての仕事を自分達でするというような姿勢で来てますが、萩原さんや大久保さんのようなエンドユーザーと直結した仕事をしている方達と手を組んで集合住宅をつくっていく必要が今後ますます出てくるだろう、そしてこれから本当に集合住宅の質の向上が進むと思っています。
   鎌田 有難うございました。まとめる必要もないように皆さん話をして下さいましたけれども、萩原さんから指摘がありましたように、建設需要というのはこれからどんどん伸びてゆくというふうには思えないわけで、厳しい時代の中で、大久保さんが言われるように価格競争がされる。ただし品質を落としての価格競争をしないように、長期的なこれからの社会を見据えた耐久性のある住宅をつくっていかなければいけないというところは、吉井さんが一貫しておっしゃっていることですし、そういう住宅の質についてわかりやすく消費者に伝えていく役割を小川さんは担っていただける。それからゼネコンと設計事務所のコラボレーションの可能性みたいな指摘もありました。未整理ではありますが、いくつかの非常に重要な問題の提起がされたと思います。四人のパネリストの皆さんに改めて感謝の拍手をしたいと思います。本当に有難うございました。


■ まとめと閉会の挨拶 ■・・・・・矢作和久・建築技術支援協会
本日は、このように一般市民の方、管理組合の方、設計者の方、建設業者の方、あるいはディベロッパーの方と、その他の方まで含めまして、非常に幅広い層の方々に多数御参加頂きまして、このような盛会のうちにシンポジウムが開けましたことを、関係者一同喜んでおる次第でございます。我々NPO法人、建築技術支援協会は、今年度も次年度も、技術の伝承を目的として、各種のシンポジウム、あるいはセミナーを開いていこうと考えております。お配りしましたチラシはほとんど技術者向けというふうになってるかもしれませんけれども、一般の市民の方々を対象としたセミナーも考えようということで今現在企画を立てております。住宅関係で近いセミナーと致しましては、ピンク色のチラシが入ってるかと思いますが、集合住宅の品碓法を説くというセミナーを2月の15日に開こうと考えております。品碓法という、集合住宅では影響の大きい法律が動き始めましたので、この点に関しましては、次年度もこのテーマを中心に置きまして、セミナーを考えていこうと考えております。よろしくお願い致します。
本日は、共催頂きました金融公庫東京住宅センターの方々、及び後援頂きましたトステム建材産業振興財団様には、ここから御礼申し上げて閉会の挨拶とさせて頂きます。有難うございました。