- 「21世紀の設計体系に期待して」・・・・・矢野克巳
20世紀後半に仕事をした者として、次世代へ伝えたい事を考える前に、先ず我々世代が成し遂げた事は何かを構造設計者として考えてみます。一つは構造体の耐震性が向上した事です。今一つは高強度材、新材料の開発・発展です。しかし、我々技術者を取り巻く社会も大きく変わりました。生活が豊かになり、ゆっくり人生を楽しもう、限られた地球の豊かさを守ろうといった時代へと変わりました。社会のニーズが大きく変わっています。これに応えるのが性能設計法であると私は思っています。これまでの構造を性能で説明するのでなく、社会が求めている性能を推し測り実現させるのが性能設計であると私は考えています。その観点で構造設計を見直しますと、上記の二つの成果は次ぎの様に言い直せましょう。
一つは超高層建築を地震国日本で実現させたこと。いま一つは戸建て住宅に代表される建築物の軽量化です。これらの成果は素晴らしいものです。前者は説明するまでもありません。後者は割合気付かないで居られる事でしょう。しかし、この中にこそ大げさに言えば、重大な構造設計の基本体系を揺るがす要因が隠されています。
戸建て住宅を考えますと、屋根は本瓦下地土塗りから軽量なコロニアル葺きと重量は1/3〜1/4 となりました。床から本畳が消えて合板に薄いフローリングまたは絨毯となりました。下地の板や根太も軽量化された結果、重量は1/3
となりました。壁は土壁から合板に軽量な仕上げと変わりました。上部構造の重量は1/3 となりました。一方、積載荷重は増加の一方です。台所、便所、風呂が2階床に設けられ、設備機器が所狭しとおかれています。空調機、洗濯機、TV等々が床・壁や天井にも取付けられています。図書や什器・備品も増える一方です。多分、通常の使用における積載荷重は2倍になっていましょう。しかも、床の撓み、振動、建物のゆれに対して厳しい要求が出る時代となりました。
構造計算は橋梁から発達したと思いますが、現在でもやや大きい橋の積載荷重は自重の10%程度です。しかも、橋梁は撓みを余り問題としません。従って、構造計算は大破するか否かが重点課題ですから、自重+積載荷重=全荷重に対して検討します。しかし、建築では全荷重の内で積載荷重は凡そ50〜80%です。且つ、撓みや振動は重要な性能です。この撓みや振動は主として積載荷重によるものです。自重に僅かの積載荷重が加えられた構造物の耐力性能検証が中心の方法から、積載荷重を中心にした変形・振動性能の検証が中心の体系へと変わる事がいま求められつつあります。
地震国で超高層建築を建築するには、出来るだけ軽くする事が経済設計の要点でした。この結果、通常の建築物よりも軽い床、壁で出来ています。そして、地震に対して大破しないようにするのに精一杯でした。結果として、積載荷重にゆとりが無く、撓みや振動もやや大きい建築となりました。そして、戸建て住宅以上に設備機器に頼らざるを得ない建築です。このような超高層建築では、床荷重が増えるような改造や用途変更が出来難くなっていますが、更に重大な事項がいま問題となりつつあります。中地震の際に、機能保持レベルが低いのが超高層です。低いレベルの地震で機能は止まってしまいます。例えば高さ120m以上の超高層建築エレベータは、最新・最高性能の物でも機械室の振動が80
galで停止し、保守専門技術者がきて点検しないと起動できません。これは1階の加速度で凡そ30gal 震度4に相当します。軽い床、多様な設備に頼る建築に隠された性能の弱点は、いま改めて見直さねばならない事のように思います。これまでは経済設計を重視した解決策として揺れ・振動・積載荷重に対するゆとり等、諸々の事項は切り捨てた手法が許されてきました。超高層建築の初期から見ると技術の進歩は大きいのですが、根本的な建築構造性能に就いての考察は余り進歩していないようにも思えます。
この反省を次世代に伝えるのは私達世代の役目ではないでしょうか。