建築基準法改正と免震構造・・・・・和田 章

1.はじめに
 フランス革命、アメリカの独立戦争のように民衆の力で勝取ったとは言えないが、日本は民主主義国家である。自発的に作ったとは思えない部分が多いが日本国憲法のもと多くの法律を作り、世の中の秩序を保とうとしている。今回の建築基準法改正に際し、建築構造の設計法、使用材料、施工法などに関連して、施行令、告示などが次々に改正され、多くの新しい条文が加わった。非常に項目数が多く、全体を理解することは難しいが、このたび改正された条文が、民主主義にのっとり健全な社会を構築するための法律として過不足のない最終形とは思えない。設計・施工を行っている専門家の判断・行動にもう少し期待する体系もあり得たのではないかと思う。しかし、今回の法改正を担当された方はそれぞれの立場で最善の努力をされたと思う。かかわった方々の苦労は大変だったであろうし、好き勝手に作ったとは思っていない。
 最も大きな問題は、学問的にすべてが解明されている訳ではない中で、法律を作らなければならないことにある。分からないことが沢山あるのに、決めなければならないことはもっと沢山ある。決める根拠はと言われて困ることがあっても、放っておけば世の中の活動が止まってしまうと、見えない力にせかされて来たように思う。少なくとも、条文としての整合性を守ることには重点をおいて作業は次々に進められた。次の大きな問題は、このようにして作られた条文、告示を御上の知らせとして受取ってしまう人々が沢山いることである。作った側だけを批判することはできない。
2.耐震設計基準の難しさ
 建物に作用する外力が構造物の自重と積載荷重だけであれば、許容応力度設計法、終局強度型設計法、限界状態設計法など方法はなんであれ、理論に基づいて、設計・施工の体系を構成できる。最も難しいのが耐震設計基準である。発生する地震動の大きさと頻度をグラフに書き平均値と標準偏差を計算すると標準偏差の方が平均値より大きくなる。建設地と再現期間を特定しても、そこに将来起こる可能性のある地震動の大きさと性質を想定するのは難しい。さらに、国作り、都市作りの基本方針を考えるとき、人間の寿命をはるかに越える500年に一度、1000年に一度の大地震をどのように配慮するかは重要問題である。この設定は学問だけでは決まらない。国民の人生観、自然観などに基づいた文化、国の経済力、工業力などによって決まる。法律に書くとすれば、建築基準法がそうであるように、最低基準になるのであろうが、それでも学問だけでは決められない。行政を担っている責任ある担当者が値を決めることになる。ただ、5年10年と年月が過ぎて行ったとき、理由もなく決められた数値が残ってしまうことに問題がある。米国の基準についているコメンタリーのように、理由がある場合には決めた根拠、決めざるを得ないから決めた場合にはそのことを記録に残しておくべきである。
3.設計はプロの仕事
 自然は素晴らしい。野原一面の菜の花も美しいが、同じ環境の中に色々な花が咲き乱れることの方が自然で美しい。その同じ環境の中にいても昆虫の種類は無数であり、鳥などの動物も多種多様である。同じ重力下において地震や台風などの厳しい外力条件のもと日本の建築は作られる。地盤条件などは場所によって異なるが、基本的には同じ条件の中で建築は作られる。だからと言って、誰が設計しても同じ建築になるような設計条件を自ら作り、建築そのものを拘束する必要はない。
 建築の設計、構造設計に限らず設計はプロが行う仕事である。プロであれば、多様で美しい建築を作ってくれるはずである。法律や規準を作る側の気持ちは高度な専門家を対象にはしていない。新しい技術を一般に広めたとき、間違いが起こらないことを第一に考える。べからず集を作れば間違いは減り裾野のレベルは上がるが、プロの仕事はやりにくくなる。
 プロの活躍を束縛しない場が必要である。
 仕様に基づいた設計は用意されたゲートを順にくぐって行くような方法、性能に基づいた設計は出来上がる建物が目指した性能を発揮すれば、設計の手順は問わない方法である。やはり、性能設計はプロのための方法である。それと同時に性能設計を評価する側もその道の専門家でなければならない。現在の主事による建築確認制度の中で性能設計を推し進めるのは若干無理がある。今回の改正を第1ステップとして、次の改革が必要である。
4.免震構造
 鋼とコンクリートによって建築構造を作るようになって百年強の歴史である。この間に、世界中で大きな地震被害は毎年のように起きた。これらの経験と科学技術の発展により我々は耐震技術を育ててきた。日々真面目に働き税金を納め、社会のルールを守っている多くの人々への責任として、構造設計者だけでなく研究者を含めた専門家は科学・技術・工学の粋を尽くしてより良い耐震構造を社会に送りだす義務がある。免震構造はその解の一つと言える。基準法改正に関連して、免震構造に関しても告示が出される。免震構造の健全な発展に、この告示がプラスの働きをしてくれることを望む。