「次世代の建築技術者へ」・・・・・須山清記

 かつての高度経済成長期に膨大な数の建物が建てられましたが、これらの建物も逐次、老朽化してリニューアルの対象として登場してくるようになりました。既存建物のリニューアル関連業務をメインにした設計事務所を永年やってきてずい分多くの事例に遭遇しましたが、これがストックの名に値するのだろうかと思わされるほどのものも少なからずありました。建物の仕上げや防水関係の老朽化については大抵の場合対処できますが、建物の躯体に欠陥のある場合は補修が不能で建て替えするしかないと思われるほどのものさえあります。この小文では、マンションでの事例について紹介したうえ、このような不良建物が発生した背景を考察し、このようなことを繰り返さないために次世代へ申し伝えたいことを書いてみようかと思います。
 マンションの場合を例にしますと、大かたの住まい手はそれこそ一生に一度、清水の舞台から飛び降りるような大決心をして購入しますが、新築の場合にはものを見ないでの青田買い、既存マンションの場合には建物の仕上げなど表面の状態について確かめることはできても構造躯体の状態までは確かめるすべはありません。この建物がそれほどの年月を経てもいないのに財産価値を減じてしまうような欠陥が現れると、購入した人は泣くに泣けない思いだと思います。
 私どもでは、マンションの管理組合からの委託を受けて、建物の調査・診断、改修設計、中・長期修繕計画策定、工事費の調整、設計監理といった一連のリニューアル関連業務の全部または一部を実施しております。新築時に光り輝いていた建物もやがて経年劣化するのは避けられないことですが、明らかに躯体の欠陥として現れている現象には、工事関係者の無知とか手抜きとか言うよりほかのない事例に出会うことがあります。
 例えば、コンクリートの圧縮強度が10N/mm2を下回るもの、築後20年で中性化深さが40mm以上に達して主筋が錆びてしまっているもの、あるいはタイル張りの外見は立派でもその内側で鉄筋が躯体から露出しているもの、あばら筋、帯筋の間隔が構造図の指定を大きく上回り、端部のフックもいいかげんなものなどに出会います。また、床スラブや梁底、柱側、柱脚などに木屑やタバコの吸殻などがそのまま残されているもの、ジャンカやコールドジョイントの後始末がされていないため漏水の原因となり何度補修しても漏水が止まらない建物にも数多くお目にかかります。このように、建築が本来備えていなければならない耐久性の疎外要因を内包した建物が実に多く存在しているように思われます。
 このような建物の場合に、欠陥のある躯体の診断技術やその改修技術も確立されていないというのが現実で、改修するにしても実際問題として居ぬきで改修することはほとんど困難で建て替えた方が安くつく場合も考えられます。いずれにしろこのような建物を買ってしまった買主は、修繕積立金の範囲をはるかに超えた出費を強いられる災難を被ることになり、その場限りの利益優先で突っ走ってきた建設業界の信用は失墜するでしょう。
 なぜこんな馬鹿げたことになってしまったのかを考えますと、表面的な装いやデザインを優先して耐久性への配慮を欠いた設計の無理や、手に余るほど仕事を抱え込んで施工管理能力を超えて安易に受注してしまった建設会社、経験の浅い技術員が現場所長として現場を切り回したり、未熟な素人まがいの職方が鉄筋を組んだり型枠を組んだりしているのが日常的に見られたといった背景があるように思われます。結局のところ、鉄筋コンクリート造建物の躯体は、竣工後にほとんど隠蔽されてしまいますので、それをいいことに手抜きも含めていい加減な管理がされてきたのではないかと疑いたくなります。
 今後、建設業界はバブル期のような姿勢を改め、善良な社会資産としての建物を世の中へ送り出し次世代へ継承する責務があると思います。ここで気になるのは、あの当時に社会へ出て設計や現場管理に携わった世代が、中堅技術者として良質のストックを造りだすための技術力・管理力を涵養する機会を失しているのではないかということです。サーツのように次世代へ技術伝承を図る活動が、建設業界の社会的信用回復の一助となることを願っています。