「俳句に詠まれた建築」・・・・太田統士
 サーツとして引き受けた日建学院webサイトのコーヒーブレイク欄に、「俳句に詠まれた建築」というエッセイを連載しました。その後それを増補して私家保存版の小冊子を手づくりし、周辺の方々何人かに配り、サーツの事務所にも一冊置いてあります。
 この小冊子に収録しなかった句で、中公新書の長谷川櫂著「俳句的生活」の中に、
 ・家壊えて仮の一間の青簾 =長谷川 櫂=
と云うのがあります。直接に建築の部位名を詠み込んではいませんが、阪神大震災の一年後、新聞社(読売)の転勤で芦屋に住み着いた著者が体感し、地震で壊れた家を詠んだ立派な建築俳句と云えるでしょう。また最近発見した句に、
 ・ 冬深しかそけき線の設計図 =有馬朗人=
 有馬朗人とは云わずと知れた元東大学長、元文部大臣、私にとっては関係していた(社)文教施設協会会長なのですが、先生はもとより建築分野の方ではなく物理学者であり且つ俳人としても非常に有名な先生です。直接的に建築を詠んだ句ではないにしても、建築屋の感性から云えば「かそけき線の設計図」などと表現されると、どうしても建築製図であって欲しいような気になってここに取り上げてしまいました。
 話は変わりますが、3月の初めに仲間が集まってやっている鎌倉句会があり、久しぶりに出席しました。集まったのは常連のうちの10名と俳句結社嵯峨野からのメンバー10名を加えた20名でした。今回、私は極々普通の句づくりを心がけ、一般の方々から建築的な要素をもつ言葉を詠み込んだ句が出ると面白いなと、わくわくして期待していました。
 最初は兼題の「雛祭」でしたが、のっけから建築用語を使った句がじゃんじゃん出ました。
 ・曲がり家の鴨居の艶の雛飾り =中村雲峰(常連)=
                 ・・・・ 9点句
 ・廻廊の傷も古びし雛御殿 =橋本爽見(嵯峨野)=
                 ・・・・6点句
 ・震度5や心配するな雛官女 =大石 忘(常連)=
                 ・・・・4点句
 20句の中から4句づつ選句して投票する訳ですが、ご覧のようになかなかの評価で、当然この3句は私も選びました。考えれば芭蕉の「奥の細道」の冒頭の句に
 「草の戸も住替る代ぞひなの家」
があり、雛飾りは当然家の中のもので、家屋との関連づけも諾べ成るべしでした。ただ三句目の「震度5や・・・」は耐震設計偽装問題を巧く取り入れた時事俳句で、その感性に驚かされました。因みに私の句をご披露しますと、
 ・ さんざめきふと感じたり夜の雛 ・・・・8点句
私としては珍しく出来のよい句でした。それにしても20句中3句も建築関連と云うのは珍しいことでした。
 次に「当季雑詠」で、 
 ・この古都のこの庵が好き梅真白 =橋本爽見(嵯峨野)=
               ・・・11点句(最高点)
と云うのが出てきました。
 この句に詠まれている「庵」というのは、当日の句会が開かれた名月庵(鎌倉市の施設で元は財界人の別荘、名月院の名に因んでいる)のことで、「庵」という言葉は「お社」とか「御殿」などと同じように、殊更に建築用語とは言い難いものと考えていますが、当日の最高得点に敬意を表してここに披露する次第です。
 5月の最終土曜日、今年2回目の鎌倉句会は常連のうち10名が出席して開かれました。この日詠まれた句は欠席者の投句も含めて48句ありました。部屋の用途名でこれも必ずしも建築用語ではありませんが「当季雑詠」で次の句がただ1句ありました。
 ・初鰹男子厨房にやおら立つ =久留宮麗(常連)=
 因みに、この日の私の出来は散々なものでした。
小冊子「俳句に詠まれた建築」に載せたうち、建築部位の性能を遺憾なく詠み込んだ句は、 
 ・ひやひやと壁をふまへて昼寝哉  =芭蕉=
 ・涼しさは柱にみゆる住ゐ哉    =〃〃=
などで、あらためて俳聖:芭蕉の偉大さを思う今日この頃です。
 これからも自分が建築用語を詠み込んだ句を創るかどうかは別として「俳句の中の建築」を気にしながら俳句と付き合っていこうと考えています。