- 建築界における法的環境の変化について感じること・・・・・大森文彦
ここ数年、建築界をとりまく法的環境は激変している。設計、工事監理及び施工に関する法的整備について、建築基準法の改正や住宅の品質確保の促進等に関する法律(いわゆる住宅品確法)の制定、公共や民間の建設工事請負契約約款の改正のほか、設計業務に関して公共と民間の設計業務委託契約約款の作成、工事監理に関して民間の監理業務委託契約約款が作成されたことによってかなり明確になってきたと言えよう。しかし、こうした一連の動きは、社会全体が現在の設計・工事監理・施工の状況に満足していないことの表れとも言える。又、こうした改善策は、未だ過渡的状態にすぎず、理想形ではないことに十分留意する必要がある。
昭和25年に建築基準法が制定されて以来、建築物の品質を確保するために法は現在の基本的枠組を用意した。人に関して言えば、設計や工事監理ができるのは建築士だけである。又、本来建築物を作るうえでは設計と施工だけで十分であるにもかかわらず、手抜き工事防止等の理由から工事監理制度を導入した。しかも、建築士の行った設計に対しては、その適法性について国家が再度チェックし、施工に対しては、建築士の行う工事監理のほか国家による適法性検査がある。こうしたことからも判るように、法は、施工者のみならず専門家である建築士の行った業務に対してもある程度の不信を背景に、ダブルチェックシステムを採用しているといえよう。もっとも、この不信は気にするほどのことではない。建築物というものが、国民の生活に重大な関係をもち、その瑕疵が時には生命の危険とも直結するものである以上、たとえ専門家である建築士の業務であっても、再度のチェックを国家が行うことは妥当と言えるからである。
しかし、こうした制度が長年運用されてきた結果として、中間検査制度の導入、民間機関による確認制度等の実効性アップ、検査済証と性能表示制度とのリンクなどの改善が行われたということは、これを別の角度から見れば、建築物という国民の生命・財産を守る役割を果たす者が建築士と国家(ないし第三者機関)の両者であるとすれば、その役割を国家ないし第三者機関の方により期待するものといえよう。
これは、建築界にとって由々しき事態と言わざるを得ない。このままの流れで行くと、建築の専門家としての社会的地位の低下はとどまるところを知らないといった状態になりかねない。そうだとすれば、今後建築士らのとるべき道として、社会の信頼回復は急務である。この点、建築士をはじめとする建築関係者に対する社会の信頼を回復させる一つの重要なポイントとして、私は、「専門家(より広く言えば専門業者も含めて)としてできることとできないことをはっきりさせる」ことが極めて重要ではないかと考えている。専門家としては、これまで「俺に任せろ」方式が多かったように思われるが、その方式では顧客が満足しなかったり、トラブルが生じたりすることが増えてきた。そこで、これからは、医者の世界におけるインフォームドコンセントや建築士法18条3項の説明努力義務に代表されるように「できるだけの説明をする」方式へと移ってきている。俺に任せろ方式が全面的に悪いとは思わないが、たとえ専門領域とはいえ依頼者の意思を尊重しなければならない場面があるのは当然であり、その意思決定権行使のためには、専門家としてできる範囲を予め明確にしておく必要があるからである。
この方向性に沿うものの一つとして四会連合協定建築設計・監理業務委託契約約款がある。この約款の内容は、設計者又は工事監理者としてできること、やるべきこと、やらないこと、本来はやらないが特約によってはやること等をできるだけ明らかにするよう作成されている。もっとも約款は、契約内容の一つにすぎず、法律でも何でもない。したがって、約款を使用したくなければ使用しなくて良い。これまでどおり簡単な契約書で済ませることも可能である。しかし、万一トラブルが生じた場合、何も書いてないということは、契約当事者がどんなリスクを負うかわからないと言うことにもつながる。逆に約款を使用すれば、それなりのリスクを予見できるというメリットがある。又、場合によっては、約款の内容に加除を加えて、自分なりの契約内容とすることも可能である。
いずれにしても、専門家としての守備範囲を明らかにすることが、消費者サイドの利益にもなり、かつ専門家自身をも守ることになると思われる。上記約款もこうした動きの第一歩として踏み出したにすぎず、したがって、建築界全体として守備範囲の明確化への努力の重要性を感じている。