「住まいの資材発達の足取り タイル (2)」・・・・  中村正實

 世界の歴史は不思議にシンクロナイズしている。前回までがタイル発達の初期、中国では唐、日本では奈良から平安時代までの変化だった。今回は室町時代にかけて世界で成熟したタイルの技術、そして産業革命前後の変化を見てみたい。
 1258年セルジューク朝とサラセン帝国を倒してモンゴル系のイル・ハーン朝が西アジアを統一すると(~1359)イル・ハーン朝によってもたらされたパクス・モンゴリカ(モンゴルの平和)のもとで、ラジュバルディナ手と呼ばれる金彩の技法が開発された。1313年まで在位したイル・ハーンの君主ウルジャイトウの墓廟は世界最大級の建物のひとつといわれているが、高さ50メートルもある焼成煉瓦の建物の外装の多くが施釉タイルで覆われているという。
 イランのカシャーンでは硬く密な胎土を輝くような白のスリップ(泥漿)で覆い、付近で採掘されたコバルト顔料で繊細なアラベスク文を描いた白磁藍彩陶器の優品がつくられるようになった。
 このコバルト顔料は中国に輸出され、中国では白磁にコバルトブルーの下絵をつけた青花(染付け)が作られるようになり、窯業地景徳鎮からは大量の青花がイスラーム圏やヨーロッパにも輸出された。
 1453年オスマン朝のメフトフがビザンチン帝国の首都コンスタンチノーブル(イスタンブール)を征服すると、ビザンチン帝国教会を集団礼拝用のモスクに変えるように命じて、1463年にはモスクを中心とした大規模な複合施設の建設に着手した。この施設は慈善施設、マドラサ(神学校)、小学校、図書館、修道院、キャラバンサライ、浴場や280の店舗を持つ屋内大市場を擁する一大施設だった。施設の建築に当たって対岸にあるアナトリアのイズニクから大量のタイルが取り寄せられた。後にトルコ領のカイロにブルーモスクが完成した15世紀にはイズニクのタイル技術は最盛期を迎え、モスクの内装には大量のイズニク・タイルが用いられている。
 サファビ朝のイランの窯業ムクでは、白くて細かい人工の胎土の上に様々な色釉で下絵をつけ、その上に透明な釉をかけて焼成する「釉下彩画陶器」の技法が開発された。この手法によるタイルも焼かれ、カスピ海西岸のクバチという都市から多数出土していることから「クバチ手」と呼ばれている。ラスター彩やエナメル釉のミナイー手が低温焼成の上絵付けで摩滅しやすいのに比べて、一度の焼成で耐久性に富む陶器がつくれる画期的な技法だった。
 グラナダのアルハンブラ宮殿はナルス朝によって1354年に造営が始まり1370年に完成するが、イベリア半島に伝わった窯業技術はこのころ盛んになり、イスパノモレスク(イスラーム風装飾)のタイルが焼かれて宮殿を飾った。クエルダセカ技法の他に胎土に型押しで文様部分をへこませ、その窪んだところに色の違う釉薬を埋め込んで焼成してモザイクタイルのような効果を得るクエンカ技法も確立している。
 スペインのタイルは盛んにイタリアにも輸出された。スペインで成熟したこの陶器が17世紀のイタリアでこの技法を真似て陶器を焼くようになり、錫釉のマジョリカタイルが生まれた。
 フランスでは1530年頃ルーアンでマセオ・アバケンヌがフランス陶器の製造を始め、1680年ピエール・クレリッシーがムスティエに最初の製陶工場をつくった。ヨーロッパで最初に磁器が焼かれたのは1710年頃のマイセンだった。化学者フレデリック・ボッテガーが、散歩から帰った自分の鬘についた白い粉を分析して磁土のカオリナイトであることを発見した。その知らせを受けたオーギュスト公が磁器工場を建設して経営に乗り出したのがマイセンの始まりである。その後、1767年にはフランスのリムザンで外科医の夫人が磁土を発見し、1771年フランスで初めての磁器の工場がつくられた。この工場は1784年セーブルと合併してリモージュの王立マニュファクチャーが誕生している。
 やがてヨーロッパ全土に広がったタイル製造技術は、19世紀初頭の産業革命で世界一の工業力を有したヴィクトリア時代(1837~1910)に、ミントン社などによって近代化が図られ、ヴィクトリアン・タイルと呼ばれる多様な装飾表現のタイルを生んだ。特に1841年ミントン社によって開発された乾式成形技術(粉体圧縮法)によってタイルの製造効率は著しく向上した。さらに1750年ごろリバプールで紙に釉薬で図柄を印刷した物をタイルに貼って焼き付ける画期的な銅板転写技術が開発されて、絵付けタイルの量産も可能になった。
 12世紀から14世紀にかけて六古窯と呼ばれる瀬戸、常滑、信楽、備前、越前が安定した陶器の生産地となっていた日本では、19世紀初頭には瀬戸で陶器質の「本業敷瓦」が焼かれていたが、昭和のはじめには姿を消した。
 日本で乾式工法によるタイルの焼成に成功したのは1908年で、名古屋の村瀬次郎麿の「不二見タイル」と淡路島の野瀬敬三の「淡陶」がほぼ同時に完成している。
 タイルはラテン語の被せるという意味の「tegulua」を語源する英語で、オランダのテーヘル(tegel)が同じような使い方をしている。因みにフランスではカロー(carreau)ドイツではフリーズ(fliese)、イタリアではピアストラ(piastreiia)スペインではアスレホ(azulejo)中国ではシェンッアン(面碑)と呼ぶそうである。

白磁藍彩タイル

クバチ手

ブルーモスクのモザイクタイル

イル・ハーンのトプカプ宮殿のタイル

銅板転写タイル

乾式象嵌タイル

敷傳

敷瓦