- 「溶接部の適性な性能を確保しうる技術基準」-建築基準法施行令68条の2(溶接)-について ・・・・・松崎博彦
鋼構造関連では、施行令68条(高力ボルト、ボルト、リベットおよびアンカーボルト)、90条(鋼材等の許容応力度)、92条(溶接の許容応力度)、92条の2(高力ボルト接合)が改訂され、新たに68条の2(溶接)が設けられた。
- 1. 令68条の2(溶接)の内容
新設される令68条の2条文は、「構造耐力上主要な部材の接合に用いる溶接は、溶接される鋼材の強度および靭性を確保するものとして建設大臣が定める基準に従って、鋼材に適合する溶接材料を使用し、外部および内部に有害な欠陥が生じない適性な溶接条件で行われるものでなければならない。」とある。
溶接は、鋼構造物にとって極めて重要な接合要素であるにも関わらず、改正前の建基法令には溶接材料と溶接施工条件に関する規定はなかった。阪神大震災での鋼構造物の被害は工場製作のスカラップ部と現場溶接部の破壊に起因するものが多く見られた。前者についてはノンスカラップ工法の適用が進んだが、後者については溶接施工条件として入熱(溶接の際、外部から溶接部に与えられる熱量。アーク溶接では、アークが溶接ビードの単位長さ(1cm)当たりに発生する電気エネルギーH(J/cm)であらわされる。H=60EI/V。I:溶接電流(A)、E:アーク電圧(V)、V
:溶接速度(cm/min))とパス間温度(多パス溶接において、次のパスの始められる前のパスの最低温度(℃))の管理が要となる。日本建築学会・鉄骨工事技術指針は、管理目標値として入熱を40KJ/cm以下、パス間温度を350℃以下とそれぞれの上限を個別に定めていた。
- 2. 技術基準案とパブリックオピニオン
令68条の2を受けた告示のための技術基準案として日本建築センター・構造関係指針検討委員会が建設省建築指導課に答申した内容は、入熱とパス間温度の個別の管理だけでは、溶接部の強度や靭性を確保できない恐れがあるため組み合わせによる管理をすべきとした。これによると、520キロ鋼ではパス間温度が250℃を超えることはできず、400キロ鋼、490キロ鋼にあっても入熱15_30KJ/cmでは250℃を超えることができず、入熱1〜20KJ/cmでは150℃を超えることはできない。建設業界、鉄骨加工業界から250℃以下のパス間温度管理は困難で、いたずらに現場の混乱を招くとのパブリックオピニオンが出された。一方、溶接材料と鋼材の種類の組み合わせに関しては試験(溶接金属の引張試験により溶接金属の降伏点Ypまたは引張強さTsが母材のそれぞれの規格値以上であることを確認および、溶接金属の0℃におけるシャルピー吸収エネルギーが27J以上であることを確認するもの)による適用除外の規定は、試験体作成、試験・評価の時間と経費の負担が大き過ぎるとして緩和、訂正および削除を求めた。
- 3. 技術的取り組み
一方、技術基準を正面から受け止めて研究開発を進めているグループがある。
その1つは、大入熱・高パス間温度に対応できる490キロ鋼用溶接材料MG-55(神戸製鋼所)である。MG-55は炭酸ガスアーク溶接用で、入熱40KJ/cm、パス間温度350℃に無条件で対応できる材料で、告示に従う場合の施工管理が低減でき、アークの安定性にも優れた材料という。
溶接材料メーカー各社では、溶接金属の降伏点Yp、引張強さTsおよび0℃におけるシャルピー吸収エネルギーJ各値を満足して汎用性の高い溶接材料の開発が盛んであり、早晩各社の品揃えが進むものと思われる。
2つ目は、要求性能を満足するための入熱とパス間温度との相関を実験的に検証することにより、いずれか一方のみを規定することで所要性能を確保する可能性を研究しているグループが存在する。この研究の成果は入熱とパス間温度との組み合わせによる管理手間のかかる技術指針をいずれか一方のみで管理できるものに改訂することにつながるかもしれない。
- 4. 私の視座
今回の建築基準法の抜本的改正については、多様な視点から多くの問題点が指摘されているが、大局的な視座からエンジニアのプロフェッションを低めるとするものが見られる。
しかし本稿で述べてきた鋼構造の溶接接合部のような専門工事業が担う施工に関する部分については、たとえ選択の余地を狭めた、やや過当に思われる技術基準であるとしても、技術者は正面から取り組むべきではないか。その取り組みを通じて、新たな技術の萌芽が見られ、鋼構造物への信頼が深まってゆくものと思われる。これらの基準は阪神大震災が残した貴重な教訓を踏まえた帰結として示されたものなのだから。