「ぼけない五カ条」のこと・・・・・岡田勝行

一 仲間がいて気持の若い人
二 人の世話をよくし感謝のできる人
三 ものをよく読みよく書く人
四 よく笑い感動を忘れない人
五 趣味の楽しみをもち旅の好きな人
 最近、また一段と物忘れがひどくなりました。親しく私の名前を呼びかけて下さっているのに、どうしてもその方のお名前が口から出てきません。数日後にひょんなことでお名前を思い出しても、それこそもう後の祭りです。漢字もどんどん忘却の彼方へでして、物を書くときなどは今や辞書と首っ引きで四苦八苦の有様です。それとこの物忘れで物を探さない日がない、それも懲りずに一日に何回も。何せひどい時には、探し物をしているうちに何を探しているかも忘れてしまうという情けない有様です。
 どうも私の脳細胞は、日一日と急激に破壊されているようです。そして私が今一番恐れるのはこの物忘れが、いつかぼけになりやがては痴呆になる前兆ではということです。
何より痴呆が恐ろしいのは、自分の人格を失うことです。人格者として尊敬していた知人が痴呆になり、なかには徘徊や暴力をふるう方までおられご家族のご心労が察せられます。でも人格を失われたご本人には全く罪はありませんが、人が老いるということはこんなに悲しく淋しく辛いことと思わずにはいられません。
 私は絶対にぼけない、そう断言できる方が何人おられるでしょう。まさにこれこそ、神のみぞ知るであります。
 私は、他に拘束されずにわが道を往くといったほうで、それを自分の信条ともしてきました。ですから、この「ぼけない五ヵ条」など他からの信条や格言には無関心でした。ところが最近久し振りにこれを読み、いささか動揺しました。昔はこの五ヵ条の文言をかなりイエスと言えたのに、今はかなりノ−に近いのです。わが道を往くも良いのですが、どうもこのままではぼけへの道になってしまいます。
 特に第四条、この感動を忘れないことは私の数少ない取り柄のひとつと思っています。仕事や趣味のテ−マの成果に感動し、その感動をエネルギ−にして更なるテ−マへのトライとつなげてきました。それが最近その感動を忘れ、それで次なるテ−マへトライする意欲もどうも沈滞気味です。
 余生を送る身だけに、残る時間を大事にし感動のある人生を送りたい、そのためにも絶対にぼけてはいられません。
この「ぼけない五ヵ条」で、若かりしの感動よ再びです。

にぃよんご・よんまる ・・・・・中澤明夫

 趣味は?と訊かれたら,ドライブ,旅行,テニスと答える。車を走らせることが好きだ。「走り屋」と冗談半分の悪口を言う人もいる。
 車との出会いは,就職後数年して1台目の車を買った時。以後,35年間で9台の車を乗り継いできた。
 昨年10月,乗っていた車の後継新型車の発表に心が動き,購入した。プレミアム・スポーツセダンと位置づけられた車で,なぜか当たり前のようにスポーツパッケージ・グレードを選んだ。タイヤは19インチ245/40(通常,にぃよんご・よんまると読む)で,専用サスペンションに支えられている。245/40とは,接地幅245mm,扁平率40%のことで,いわゆる見かけの薄いタイヤである。
 納車の日,毎回の通り,走り心地を確認する,幸せ感に浸る,などを目的として遠出。
 宝塚ICから中国自動車道に入り,吉川JCTを経て舞鶴自動車道へ。しばらくして,ドライビングポジションが合っていないからか,自分の意志どおりに車が走っていないことに気付く。車線内での走行位置,カーブでの位置取りが微妙にずれる。さらに,アスファルト路面のわずかな轍にハンドルが取られる。妙な気分のまま帰宅。
 翌日,担当営業の人が感想を訊いてきた。
 「直進走行性が今ひとつ」との感想に,
 「タイヤが今までと違いますからねぇ」との返事。
 ガソリンスタンドの若い店員は,
 「すごいっすねぇ。19インチ,よんまるじゃないですかぁ」
 (私)「うん。そやけど運転しづろうてねぇ」
 「やっぱり,だいぶんググッときますか?」
 いつもお世話になるタイヤショップの店長さんに,
 「肘が疲れて困ってます」と言うと,
 「そりゃあそうですよ。そのうち,体が慣れてきます」
 とのアドバイス。
 ここで,この運転のしづらさ,変に落ち着かない気分はタイヤのせいだと気づいた。どうも,よんまるタイヤの特性を知らなかったのは私だけで,それなりの覚悟が要ることは当たり前だったようだ。
 今は,扁平率の低い225/55タイヤ+ホイールに履き替え,上機嫌で走り屋をやっている。
 車に体を合わせるか,体に車を合わせるか。