私の花、巡り・・・・・飯泉勝夫

 私と妻は季節、季節に咲く花を見て歩くことが好きです。我が家の庭にも花の咲く植木や草花を植え、楽しんでいますが、自然に咲く花、又、一面に咲く花を見るときその美しさに感動します。2003年5月に定年となり、これからは人生を楽しもう、生きている意味を見出そうと思い、出来るだけ、自然に接したいと思っています。定年後、フルタイムではありませんが、住宅性能評価員の仕事をしています。主に専用住宅の設計評価の仕事で、終日A2図面をA3に縮小した図面とにらめっこで目が大変つかれます。最近は建設評価を始め、現場に出ることも多くなりました。休みの日にはアウトドアを楽しみたいと思い、月に2回は山歩きをしています。春から秋に掛けては行きたい所がたくさんあります。  我が家は東京調布市にある神代植物公園の近くにあり、季節でそろそろこの花が咲いて見ごろになっていそうだと、妻と歩いて見に行きます。春先より、近場で見に行ける、花暦を作って出かけています。3月には青梅の吉野梅郷の梅、4月初めには植物公園・野川公園・井の頭公園の桜、とりわけ調布市内の野川沿いでの夜のライトアップの桜はすばらししいです。4月中旬には山梨県一宮の桃の花、4月下旬は青梅の塩船観音のつつじ、5月中旬は植物公園のバラがすばらしいです。7月下旬には河口湖カチカチ山のアジサイと河口湖、湖畔のラベンダー、8月は奥多摩の御岳山のレンゲショウマ、9月下旬からは立川、昭和記念公園のコスモス、又、植物公園の四季咲きのバラもすてきです。10月中旬には河口湖、湖畔のもみじの紅葉、下旬には奥多摩の紅葉を見に行きます。まだまだ、花の見所は有ると思います。  花や紅葉の見ごろは毎年ずれていて、又休みの日が会わなかったり、お天気に恵まれなかったり、なかなかタイミング良く見ることは難しいです。しかし、お天気も良く、花も満開の時に遭遇した時の感動はひとしおです。  最近はインターネットで各地の花の開花状況が見られるようになり、確認して出かけるようにしています。  今年はとりわけ各地の花の開花が早く、行ってみたら、ほとんど終わっていた所もありました。旅行やハイキングも各地の花や紅葉の見頃をめざして計画し出掛けて行きます。今年の春からの山登りも、低山ですがいろいろな花が見られ、山登り快感と花の美しさも楽しんでいます。

三十三間堂と楊枝・・・・・福濱嘉宏

 三十三間堂とは正式には蓮華王院本堂と呼ばれる、よく知られた国宝建造物である。人形浄瑠璃の人気曲に「三十三間堂棟由来(さんじゅうさんげんどうむなぎのゆらい)」という演目がある。三十三間堂の縁起をいわゆる異婚譚で脚色したものである。興味があれば簡単に知ることができるから、ここでは詳細を書かない。要は、時の上皇の頭痛を癒すために、三十三間堂の棟木を霊的な柳の巨木から作ったという縁起である。  感動的な、いい話なのである。しかし、作り話とはわかっていても、建築に携わっているものとしては釈然としないものが残ってしまう。それは、建築的事実と違うという思いからである。そもそも、一本で三十三間堂の棟木に匹敵するような樹木は存在しない。柳の木は柔らかい材質なので建築に、ましてや小屋組に使われることはない。蓮華王院本堂は中世の和様建築である。これらの建築は、柱と梁が太く、桁行きの材はどれも細い。中でも棟木は短く細いものである。このような構造のユニットを三十三個ならべただけで、小屋裏に巨大な部材がある訳がない等々・・・。柳の精が女性の姿になり人との間に子供をもうけるという筋書きは受け入れながら、建築的な枝葉末節に引っかかるとは、可笑しなものである。  当初、柳が選ばれたのは、儚い女性のイメージに合致するから、三十三間堂になったのは、巨木を用いたいがためだろう位にしか思っていなかった。そのうち、どうもそればかりではないことがわかってきた。まず、三十三という数字は、観音が衆生済度ために三十三体に化身することに由来するそうだ。その一つが楊柳観音といい、病気平癒のご利益があり右手に楊柳の枝を持っているのである。今でも蓮華王院では楊枝(やなぎ)のお加持と称する頭痛封じの大法要が正月中旬に催される。因みに、歯にあてる楊枝は楊柳の木から作られることからこう呼ばれる。楊枝といっても古くは3寸から1尺2寸ほどの長さがあり、楊柳の枝と同様に疾病予防の効果があると信じられていたらしい。  このような柳にまつわる因縁が、特徴的な建築形態とあいまって、建築縁起の説話になり、やがて浄瑠璃や歌舞伎の演目になったと考えると多少納得がいく。これで私の頭の中もスッキリしたような気がする。