「ものつくり大学の今と将来」・・・ものつくり大学建設技能工芸学科 専任講師 蟹澤宏剛
ものつくり大学が開学して1年半が経過した。開学時に様々な出来事があったおかげか「ものつくり大学」という名前は有名になった一方で、当初の理念や実際の教育内容は、ほとんど知られていないようだ。見学にこられる方々から、本当に実習をおこなっていること、本当に職人が教えていること等々驚かれることも多い。ここでは、ものつくり大学の特徴的な試みの一部を紹介しておくことにする。本誌の主要な読者であろうベテラン建築技術者の皆様からご意見、ご批判をいただければ幸いである。

職人が教授する実習教育
 ものつくり大学では、1〜2学年の前半までに、大工、鳶、石工、型枠、左官・・・・等々の基礎的かつ根源的な技能を一通り実習する。例えば、鳶ならば丸太を荒縄で括る足場、石なら1tを超える原石に楔を打ち込んで割るところから始めるなど、現在は使われていない技能を扱っている。こうした根源的なものから始めなければ、技能を学ぶ意味がないと考えているからである。訓練と教育の差異といえばわかりやすいであろうか。
 こうした実習は教授してくださるベテランの「職人」に負うところが大きい。ものつくり大学はこうした「職人」を正式な非常勤講師として位置づけている。専任教員以上にこの大学の趣旨を理解し、本当に熱心に教える。現場では、教えたくても教える機会も時間もない。特に、下請けに位置付けられる職種ではそれが顕著である。
インターンシップ
 6月の半ばから盆休みまでの約2ヶ月には、インターンシップが実施された。おそらく日本で最も本格的なインターンシップであろう。174名の在学生のうち、社会人入学生等を除く141名が日本各地の企業・現場で研修をおこなってきた。行き先の多くは、工務店、専門工事業、地域の総合建設業である。職人に弟子入りという形態の者もいた。私が担当した学生は、大工の手元5名(うち女性3名)、工務店2名、専門工事業(第2東名の複数の現場)3名、林業・製材・プレカットの組み合わせ2名、家具工場1名といった具合だ。弟子入りした学生の中には、今も継続して現場に通っている者もいる。
ビジネススクールの試み
 10月の末からは、求職中の社会人を対象とした「リフォームビジネス講座」を開講している。これは、厚生労働省の「教育訓練給付制度」の対象が、2002年から大学院等に拡大されたことを活用したものであり、埼玉県の雇用対策事業として受託したものである。
 これは、将来の大学院のありかたを考えるうえでの試行でもあり、ビジネススクール流のケースメソッドを軸にして、これからのリフォームビジネスのモデルを構築したいと考えている。全体のコーディネートを発案者である学科長の岩下さんと私が担当し、特別講師として産業界で実際に活躍している多くの人材を招く予定である。失敗例やカウボーイ・ビルダーのような反面教師についても研究をおこなう。現在、20代から50代までの16名の受講生が在籍しているが、最終的には各々がビジネスプランを立案し、工務店や地域の建設産業へ売り込むこと、あるいは、ここで出会った仲間との起業へ結びつけることが目標だ。
今後の問題
 ものつくり大学の試みは、薄氷の上で成り立っているところも多い。特徴的な事項の多くは外部のいわばボランティアに依存している。現役の職人については、仕事と収入を犠牲にして教えにきてくださっている。所属する協会や企業が日当を補填している場合もある。現場を支える人材を育成するというこの大学の趣旨への賛同のみがこうしたシステムを成立させているといっても過言ではない。インターンシップも同様だ。受け入れ先の事業所にメリットがあるわけではない。また、実習を教授してくださっているベテランの後継者はほとんどいない。このままでは、数年後、遅くとも10年後には人材が枯渇する。
 ものづくりの重要性を否定する人は少なかろう。職人の育成についても同様だ。しかし、建設産業においては技能者不足が問題視されるようになって半世紀になる。バブルのころに設立された専門工事業の訓練校はほとんどなくなってしまった。戦中戦後の建設を支えてきた本当の職人が生きているうちに解答を出さなければ手遅れになる。