- ●1967年６月。プレストレス工事専門の躯体サブコン（ピー・エス・コンクリート（株）。現（株）ピーエス三菱）に入社した私は、２ヶ月の新入社員一般研修を終えて、建築部門の同僚３人とともに現場研修に入った。富士山4合目に建立中の「大石寺」の伽藍の一部である僧坊（信者の宿泊施設）の第二期工事（設計：連合設計。施工：清水建設）が佳境に入ったところだった。既に現場製作の柱部材が建ち上がり、場所打ちの屋根床、３階床、２階床のリフトアップも完了していたが、付属棟の梁の現場製作とその建て方や工場製作のEVシャフト部材や床部材の建て方が盛んに行われている時期で、躯体の殆どは躯体サブコンであるピー・エス・コンクリートが担っていた。
秋には設計部の配属となり、プレテンションの床部材やPCaカーテンウオールなど比較的易しい仕事を与えられた。「また、大石寺のPC鋼棒が飛び出した」といううわさを耳にするようになったのは、入社後１年半が経過したころだったと記憶する。今思えば、我が国のＰＣ建築の発展にブレーキをかけたのかも知れない忌まわしい瑕疵工事だったが、入社後日の浅い身ではさほど重大には受け止めなかった。２年間の設計部所属の後、希望して工事部に配属された。ボウリング場のPC梁の緊張工事が殆んどで、２〜３ヶ月の期間で後輩社員と２人で国内のあちこちを転々とした。
●1971年春。入社5年目を迎えた時、「大石寺補修工事」を命じられた。リフトアップスラブと柱を緊結したPC鋼棒の破断飛出しが止まらず、抜本対策に迫られたのである。工事の内容は、次の３つであった。��PC鋼棒のグラウト充填度を確認しグラウトが不良な場合は、PC鋼棒を抜き新たに入れ替えて緊張・グラウトを行う。��PC鋼棒リフトアップスラブの２本１組の大梁下端部に鋳鉄製のサドルをあてがい、アウトケーブルを沿わせて微量緊張して桁行き梁に定着する。�３導�の既存柱の背面にＨ鋼の管柱を設ける。
�△僚猗�工事として、桁行き梁にアウトケーブルを通す穴をボーリングする必要があった。最初のボーリングを開始した途端に「事件」を起こしてしまった。２階梁の側面を穿孔しはじめてすぐ金属片が排出された。スタラップを切断したと思ったが、それは仕方がないと判断しさらに続行したが金属片の排出は止まらなかった。中断し、ボーリングマシンのビットをもどし、コアをはつり落として中を覗いて仰天した。PCケーブル（鋼線7Φ12本１組のフレシネーケーブル。全長約50ｍ）の一部（３本と１本の1/3程度）を切断してしまっていた（工事で４本１段ケーブル配置→２本２段配置に変更されたのが、補修設計にフィードバックされていなかった。また、ここでもグラウトが充填されていなかった）。
翌日。会社からは建築部長を始め、工事部長、設計部長が来現したが皆頭を抱えるばかりだった。清水建設からは坪井善勝博士が見えた。桁行方向の失われた水平耐力を補うには鉄骨ブレースを挿入するほかないというのが坪井博士のコメントだった。現在の校舎などの耐震補強の要領である。
●どこからも事後処置の具体的な指示は無かった。事後処理をめぐっての重い日々が始まった。瑕疵の補修で別の深刻な瑕疵を生んでしまい匙を投げた格好だったろう。
清水建設からは新たに名古屋支店のベテラン所長が現場に常駐されたが、今にして思えば、これは正本堂という大工事の発注を前にしてゼネコン清水が姿勢を示したものであった。
紙面の関係で詳細は省略するが、ケーブルを抜き、新たに7Φ１本を挿入し、これに先端をスカーフした2本を溶接（高炭素鋼用の特殊溶接棒を使用）して2本挿入、更に同様に4本、8本そのうちの４本に２本ずつ溶接して12本を挿入した。この時点で街に下り、清水の所長の主催で、寿司屋で祝杯を挙げた。ビールが美味かった。所長は私を信じて待ってくれたのだ。所長もこの瑕疵現場から離れて大工事に復帰できることが嬉しかったに違いない。緊張・グラウトは２時間で終了したが、この１本のケーブルの復旧には１ヶ月以上を費やしていた。たった１本のケーブルにこれほどの手間をかけたのは世界のPCの歴史の中でも多分このケースだけであろう。不名誉な記録かも知れないが、私にとって記憶に残る仕事は正直なところこれが筆頭である。本来の補修工事も終了し、以後は建物のトラブルは目立ったものはなかった。しかし建物は大石寺と創価学会との組織上及び教義上の不一致があり、解体されて今は存在しません。（文中でPCはPrestressed Concreteの、PCaはPrecast Concreteの略としました。また一部の数値等に誤りがあるかも知れません。）
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