「技術伝承をいかに図るか」(1999年7月東ガスホール)

1. はじめに
 建築技術の伝承は、サーツの活動における大きな柱の一つである。とくに、停滞の時代を迎えた現在においては極めて重要な問題と認識している。建築部会では、中堅、若手技術者を対象としたセミナー開催、雑誌等を通じての啓蒙活動を行っている。
 しかし、建築技術の伝承というテーマはサーツのみならず、社会全体にとっての大きな問題でもある。
 そのような想いから会員外の方々とも議論出来る場としてシンポジウムを企画した。
2.シンポジウムの概要 
 シンポジウムの概要を以下に記す。
○タイトル :「建築技術の伝承をいかに図るか」
○開催日時 :平成11年7月5日 13:30〜17:00
○会  場 : 東京ガス(株)大ホール
○プログラム
 ・総合司会 石井嘉昭 (株)大林組・正会員
 ・開会挨拶 和田 章 東京工業大学・正会員
 ・基調講演 内田祥哉 東京大学名誉教授
 ・パネルディスカッション
 主旨説明  最上達雄 (株)田治見エンジニアリングサービス・正会員
 教育研究  滝口克巳 東京工業大学
       藤盛紀明 清水建設(株)
 設   計  高橋青光一 (株)第一工房
        山口昭一 (株)東京建築研究所・正会員
 施  工   栗原信弘 大成建設(株)
       鶴田 裕 (株)ダイフレックス
 討論司会  最上達雄 (前掲)
 ・建築部会活動報告 安部重孝 (株)東京ソイルリサーチ・正会員
○参加者数 :131名
3.講演要旨
 講演者の講演内容はおおむね次のようであった。(敬称略)
●内田祥哉(基調講演):
 科学技術により建築が発展し、建築のスタイルが出来上がったと同時にインターナショナルになった。
技術が停滞しスタイルのみ残るとき陳腐化が起こる。科学技術に支えられており、効果が説明されている限りモダニズムに陳腐化はない。
 技術は人間にとっての価値、付加価値をつくる。しかし、価値観は場所や時代によって異なる。時代とともに役立たなくなるものもあり、だから技術は蓄積されるものではなく累積されるものである。技術は企業の中の風土や組織に貯まる。一方、個人の中にも貯まるが、個人の中に蓄えられている技術をどうするかが問題である。今後は、個人である技術者の地位と責任をはっきりさせなければならない。そのような時代にサーツの果たす役割があるのではないか。
●滝口克巳(大学における教育研究の立場から)
 大学における技術の伝承は、教育そのものである。教育とは価値観の押し付けであり、基本的なものをどうやって教えるかということである。自分にとって研究とは価値観の確立であると思っている。しかも長期間に亘り価値が中々下がらないものをと考えている。しかし、流派を形成するような技術を目指したのではなく、「好きなもの」を対象としただけである。
 教育研究の場にいる自分のスタンスは、評価時間を長くとるということと、自分の好みに従うということである。
●藤盛紀明(民間における研究教育の立場から)
 研究という場での技術の伝承は、斬新なものを生みにくくなるという点で、かえって害になることがある。古代史の分野での話だが、ある大学の権威がとなえた学説を忠実に継承した結果、異なる発想による学説が出にくくなった。技術そのものの伝承より、古き物を破壊し新しい物を創造する「心」こそ伝承すべきである。
 形に表せる技術は、ロボットや人工知能のソフトが人に替わって伝える道具となり得る。人間が伝えるべきものは感性であり、上で述べた破壊する心である。これらはロボットや人工知能に置きかえられないものである。
●高橋青光一(設計者の立場から)
 蒙古の人達が昔から移動住居として用いているゲルという組立式建物がある。日本の有志が、最近の材料と技術とを用いて現代のゲルを製作し蒙古に赴き試用に及んだところ、室内の温度を快適に保つ点で本来のゲルに対し完全に敗北したという話を聞いて驚いた。床材として用いる動物の糞(燃料にもなる)のバクテリアによる発熱作用まで活用した、生態学の完全な循環がビューティフルな建築となっている。1000年もの間、同じシステムを定着させている見事な伝承である。
 自分が信頼している技術は、必ず「人」と結びついている。「あの人だから」という信頼は図面では表わせない。技術を情報化して伝えるのは難しい。人間が入ってこないと平滑化されてしまい、一定レベル以上にはならない。自分は伝承という意識を持ったことがなく、自分の作ったもののプロセスが残っているだけである。
●山口昭一(構造設計者の立場から)
 雑誌「建築技術」で田治見先生は、耐震はダクタイルでなければ駄目というのが最近の流行だが、剛構造の良さ、SRC構造の良さもあると主張されている。日置先生は、マニュアル化の良いところもあるが、思考の停止が問題であると言われている。梅村先生の著書の中にある「今後の技術者のあり方について」なども、今でも通用する文章である。
 最近は企業を離れ、リタイアするとおとなしくなってしまう人が多く残念である。もっと発言すべきである。先に挙げたような先輩方の主張に出会うと勇気づけられる。自分が言い残したい言葉を探すとすれば、職能意識と倫理だけは技術者のバックボーンとして永遠に必要だということである。
●栗原信弘(ゼネコンにおける施工の立場から)
 ゼネコンの現場マンへの総合管理技術、アセンブル技術などの教育の場として OFFJTやOJTがある。前者ではマニュアルとか社内標準などが揃っているが、むしろ後者における教育が難しい。なぜなら一つ一つが応用問題であり、一定のマニュアルになりきらないからである。精神的なものが大切であり、先輩から後輩へと地道に伝えていくしかない。
 工事量が少なくなった今が忘れていたものを取り戻すチャンスと捉え、「原点に帰れ」という方針で技術者教育を行っている。
●鶴田 裕(専門工事とくに防水工事施工の立場から)
 仕上げ一般に関して言えば、現在は個別の技術がばらばらになってしまった憂うべき状況にある。
 昔は、防水設計が設計者の役割であった。アスファルト防水の時代を経て多種多様な防水材料が出現し、さらに、建築構法的にもプレキャスト構法が出てくると設計者の手に余るようになった。クレームが多発し、自己防衛的にゼネコンが防水に関する技術を保有するようになった。標準化が進み、技術はゼネコンからサブコンへ移っていった。サブコン相互の格差は拡がり、上は商社的になり、あるいは材料メーカーの系列に入るようになった。つまり、技術がどこにあるのか分からない状況を生んでいる。
 設計者は優秀なサブコンとの協同作業によって、もう一度防水設計というものを考えて欲しいと思う。
4.討論
 パネリストの講演後、会場からも10名近い方々からの発言、講演者とのやりとりが活発に行われ、主催者として喜ばしい限りであった。技術の伝承という点にとどまらず、現代の建築、都市作りに関し疑問を投げ掛けながら、それを支えている技術の連続性(伝承)を問う発言もあった。紙面の都合で全ての討論の記録を残せないが、技術の伝承に対する関心の高さと参加者の熱意が感じ取れた。
5.おわりに
 建築技術の伝承というテーマが重要であるという単純な想いから、安易にシンポジウムのタイトルを設定した、このタイトルからイメージされる概念が人によって随分違ったという点で企画者としての反省がある。技術の伝承が如何に難しいことであるかをあらためて認識させられた。内田先生をはじめ各講演者には、日頃考えておられることを自由に語って頂けたことを心より感謝する。
 会員各位もまたそれぞれの感想をお持ちのことと思う。今後の活動への参考として頂ければ幸いである。
 最後になるが、会場を提供して下さった東京ガス(株)殿、企画運営を通してご協力下さった会員各位に感謝申し上げる次第である。