(放映後、お問合せが多かったため、NHKの了承を得て草稿を発表致します)

  NHK教育テレビ 12月8日放映
  オピニオン番組「視点論点」の草稿
  耐震偽装 「構造的な問題と今後の提言」
               NPO法人建築技術支援協会 常務理事 米田雅子


 耐震設計の偽装が大変な問題となっています。今日は、どうしてこんな事件が起ったのか、再発防止のためにはどうすれば良いのかについて、制度や仕組みから考えていきます。

<建物を作る仕組み>      


 建物づくりは、設計と施工に分かれています。
 建築主は、まず建築士に設計を頼みます。建築士は建物の形や間取りなどの設計、これを意匠設計とよびますが、デザインを担当します。建築士は、建物の強さを計算する構造設計と、冷暖房や水道、ガスなどを配置する設備設計を、それぞれ専門家に依頼します。意匠(デザイン)と構造と設備の3つを合わせて、建物の設計が完成します。今回は、構造設計で重大な偽造があったわけです。
 できあがった図面は、確認検査機関で審査されます。この審査は、建築基準法という建物を建てる時に最低限守らなければならない法律に違反していないことを調べるものです。建物の高さや大きさ、非常階段はあるかなどさまざまなチェックをします。そのなかに、建物の強さは大丈夫かという構造設計のチェックがあり、ここで、偽造を見抜けなかった訳です。審査でOKがでることで設計は終了します。
 設計が終わると、建設会社に図面が渡り、建物がつくられます。ここで、設計を担当した建築士は、きちんとつくられているかチェックします。そして確認検査機関は、「建物が図面通りにつくられているか」という施工の検査も行います。建物が完成したら、建築主に引き渡されます。
 
<制度の上での問題は何か>
 さて、制度の上から、何故、今回の事件がおこったのかを考えてみましょう。姉歯構造設計者が偽造したことがすべての発端ですが、見抜けなかった建築士、確認審査の担当者、さらには、設計の不正を見逃した施工会社、施工検査をした検査員、みんなが重大な不正を見逃してしまいました。
 ただし、施工は「設計の図面どおりにつくる」のを原則としていますから、現場検査に主な原因があるのではありません。欧米に比べて日本の現場検査が充分ではないという指摘はあるものの、今回の場合は、設計の問題なのです。つまり、構造設計の不正をなぜ、建築士や確認審査の担当者がみぬけなかったかという点が一番の問題になります。プロなら設計図をみただけで分かる過ちを見抜けなかったのです。

<なぜ、建築士が見抜けなかったか> 

   

 では、まず、建築士がなぜ、見抜けなかったかです。実は日本には一級建築士が27万人いますが、その中で、構造設計のできる人は1万人位、わずか3.7%です。残りの26万人は、設計事務所だけでなく、建設会社、建材メーカーなど、いろいろな分野で働いています。
 構造設計は難しいのです。プロでなければできない仕事です。ですから、構造設計のわからない建築士がいても不思議ではありません。例えば、同じ医者といっても、外科の先生が耳鼻科の先生の仕事を正しく評価できないようなものです。
 ここで問題なのでは、設計は、意匠、構造、設備と事実上、分かれているのに、戦後まもない昭和25年に作られた建築士という制度が、いまだに続いており、構造や設備を独立したプロの仕事と認めていないことです。意匠を担当する建築士だけが、建築主から設計を委託され、構造はその下請けに甘んじています。戦後まもない頃は、技術も進んでいなかったので、建築士がすべてをみることができたのですが、今は事情が違います。

<建築士法の改正を>
 今後は建築士法を改正し、構造設計者を独立したプロとしなければなりません。建築主から仕事を依頼されるような仕組みにすれば、「この建物の強さは、どのくらいにしますか? 少し費用をかけて丈夫に作りましょうか」「免震にしましょうか、制振構造にしますか?」といろんなメニューを提示して、建築主が選べるようになります。また建築主に建物の強さを説明することを義務づければ、今回のような事件はおこりにくくなります。
 
<なぜ、確認検査機関が見抜けなかったか>  
 次に、確認検査機関が見抜けなかった理由ですが、この原因も同じです。構造設計はプロの仕事です。この仕事は、やはりプロにしか評価できません。確認審査の担当者は実務経験がありません。ですから、形式的なチェックしかできないのです。これは行政の機関も、民間の機関も同じことです。

<ピアチェックの導入を>     

 ここで提案したいのは、確認審査の仕事の中で、一番難しい構造設計の部分だけは、実際に構造設計をしている方に委託する仕組みです。あらかじめ、第三者機関に、実務経験豊富な構造設計者を、千数百人登録しておき、検査機関が、審査を割り振るのです。構造設計者Aさんの構造設計を、同業のEさんがチェックする。Bさんの仕事は同業のG さんがチェックするという仕組みです。
 このプロ同志でチェックする仕組みは、実は欧米では、ピアチェックとよばれ昔から一般的に行われています。アメリカでは行政の審査機関が、フランスでは保険会社が、ピアチェックを実施しています。建物をたてる時には保険が義務づけられているためです。「プロの仕事は、プロが評価する」のが世界の常識です。
 日本でも、実は20年くらい前から、建築界からこの仕組みの導入が提案されてきました。98年に確認検査の民間開放が決った時にも、この仕組みの導入が要望されました。民間開放の背景には、建築申請の量が増えすぎただけでなく、行政が構造設計を評価するのが難しくなったからでもありました。当初は、民間の実務者の能力を活かして、審査の質を向上させる狙いもあったのです。しかし、現実には、民間の確認検査員の資格には、審査経験が2年以上という条件がつきました。それまで、行政だけが審査をしていましたので、行政OBでなければ、民間の確認検査員にはなれませんでした。そこで、行政のやり方がそのまま民間検査機関に引き継がれ、構造設計のチェックは形だけとなったのです。

 今こそ、構造設計のプロがチェックする仕組みを導入すべきと考えます。
 「プロの仕事は、プロにしか評価できない」という常識に基づいた仕組みを追加すべきです。

<プロによるチェックは規制の緩和につながる>
 また、これは、建築基準法に関わる規制の緩和にもつながります。実は、実務を知らない検査機関でも評価できるよう、いろいろな細かいルールが定められています。例えば、構造計算にはさまざまなやり方がありますが、実際に使える計算方法は限られています。国の規制は設計の自由を奪ってきました。もし、プロによるチェックを前提にすれば、これらの規制の多くはいらなくなります。これは、設計における創意工夫を増し、技術の発展をもたらすでしょう。

<本当に実のある改革を>
 今回の事件は、姉歯建築士たちによる犯罪です。私は建設業の研究者として多くの構造設計者に会ってきましたが、彼らほど、まじめで勉強をよくする集団を知りません。姉歯建築士だけの問題と信じたいです。しかし、事件を止めることができなかった制度上の問題があるのは事実です。制度を、早く直さないといけません。
 事件がおこるたびに、報道は「国がしっかりしていなかったためだ」といいます。そして国は事件のたびに批判を受けて規制を強化してきました。それが結局、規制だらけの日本につながってきました。今回も国の検査体制の強化が叫ばれています。しかし、どんなに監督を強化しても、構造設計を評価できない検査機関という実態は変わりません。
 今日お話した提言は、官から民への流れをそこなうことなく、民間の構造設計者が評価に参加することで、安心・安全な建物ができる仕組みです。
 今回の事件は、生涯をかけてローンをくみ、マンションを購入した方々のことを思うと、本当に二度と繰り返してはいけません。

 だからこそ、本当に実のある改革を、今、進めなければいけないと思います。