「時代の変化を見つめて」・・・・  矢野克巳

社会のニーズが変化
 メーカーが主体の時代から、物余りでユーザー主体の時代となりました。入社当初に、上司から「お客さんは王様だ」と教えられました。しかし、このお客さんとは建て主の事で、使用者ではありませんでした。社会は信用できる品を求め、その象徴は三越百貨店の時代でした。売る側が良いと考えた品を売る時代でした。現在は物があふれ、情報が多く、選択に困るくらいです。
 建築界も、住宅数で見れば必要量を満たしています。品質をユーザーが選ぶ時代です。ニーズは多様で、総理がおっしゃるように、人様々です。従って、業界や官がお勧め品を決める時代ではなくなりました。性能を分かり易く表現して、選び易くすることが求められて居るようです。
性能設計は始まったばかり
 建築の性能は、見て分かるものと、専門家に聞かないと分からない物とがある。専門家でも、古い固定観念や知識を振り回す似非専門家と、ユーザーの声に耳を傾ける専門家があります。私も前者の場合が多く、時々自信を無くします。自分では、一生懸命に後者を追いかけているつもりですが。
構造設計は性能設計をしていない
 構造設計は、安全性を追及している筈です。安全とはどのような事なのでしょうか?
 例えば、床なら壊れない事を求められた戦後の困窮期から、揺れない、撓まない、ひび割れない等々の性能を求める豊かな時代へと変わっています。積載荷重も、今や貧しい家ほど単位面積当りの荷重が重いのが、現状です。この積載荷重を分かり易く表現できていません。法令は3種の積載荷重表現を用いていますが、実用的には1種類で表現する方が良いのではないでしょうか。
 風は家屋を倒壊させるか否かより前に、度々起こる小さい物の損傷が先ず問題です。従って、風速は瞬間風速を用いるのが適当ではないでしょうか? 気象庁は毎回平均と瞬間の両方を報道しています。
 安全で安心と最近はよく言いますが、安心とは、夫々の人にとっての安心であり、求める性能が身の程に合い、且つ経済性があって初めて安心です。その為の的確な情報開示が求められています。情報は他と比較出来ることが必要です。先の荷重表現はその一例です。
 これまで性能を説明し、他との選択肢を示していませんでした。
耐震性とは
 構造は建物の機能を支える物です。機能保持を第一に求められている筈です。耐震性能とは、どのような機能を保持出来るかを示せねばなりません。法令に合格するのも一つの性能表現ですが、それでは余りにお粗末です。超高層建築を数多く設計させて頂いた者として誠に言いづらい事ですが、超高層は機能保持レベルが最低です。震度3〜4です。戸建て住宅は震度5弱です。死傷で考えると、死亡に焼死を含めて考えると、超高層建築は危険な建物です。耐震性能は震度で説明するのが分かり易いでしょう。中高層建築の上層階は凡そ地表震度階の1上の震度となります。負傷者が20%位出るのは、その階のゆれが震度6強以上の場合です。従って、高層建築の上層階を対象にすれば地表の震度は5強以上で危険と言えます。家具の転倒率が10%を超えるのは震度5強で、食器類の落下・転落が20%を越えるのが震度5弱です。高層建築の上層階では家具の散乱が激しくなり、重傷者が出ると共に、それにより火災が発生する可能性も高まります。超高層では密室状態の廊下と避難階段が問題です。特に体力の無い人には避難不能建築です。
 構造体の大破ばかりを心配していた構造界が、盲点を尽かれたのが阪神大震災でした。その点では、優れた性能を有する免震構造や制振構造は機能保持レベルが高くなっている筈ですが、残念ながらどのような機能を保持出来るようになったかを示した論文を私は見ておりません。もっと宣伝してよい筈ですのに。多分、どのような機能を保持できたか分かっていないのではないかと邪推しています。
 超高層建築を設計し始めた頃、内藤多仲先生を記念研究所に訪ねました。長周期についてお教え頂くためでした。先生は当時同じ研究所内に席を置いておられた那須先生を招かれました。那須先生は関東大震災の円形紙に記された地震波記録を示され、長周期があった事は伝えます。どう考えるかは貴方が考えてくださいと言われました。内藤先生は特に何もおっしゃらなかったように思います。長周期を簡単な波形で考えれば、勿論、応答は大きくなってしまいました。部下は、馬鹿な上司の命に閉口した事でしょう。一方、経済性の競争には勝たねばならない。しかし、信用を重んじる会社の方針も考えないといけない。大きくゆれる建物の経験を私達は持っていません。香港では、風でゆれる高層ホテルの話しが伝わっていました。
 結論は、ゆれ(主として変形)を少なくし、対面するビルとの相互変形量を減らして人心に配慮する。建物の損傷は、同一区域の建築の中で最も遅れて被害が生じるビルにする事としました。方法は、軽量化を徹底的に図る事でした。しかし、これでは加速度を減らせていません。
 近いうちに大地震が東京を襲うとの報が盛んですが、さて、我々はどのような知見を得る事となるのでしょうか。見たくなく、また見たくてしかたの無い、どうしようもない凡人です。