「特集:耐震設計偽装問題に思う」
平成17年11月18日,耐震設計偽装事件が報道されて以来,社会問題として建設業界に大きく波紋が広がっております.当協会としても「建築構造物の耐震性確保の為の提言」の即応をはじめ,国交省部会への協力など積極的に対応の活動をしています.更に,「耐震部会」も発足しました.これを機に,昨年のシンポジウムのパネリスト,及び,耐震部会の方々に,この問題についてのご意見,ご感想ご寄稿の御願いを致しました.

勉強してから舞台に登ろう・・・・和田 章

 昨年暮れに公表された耐震設計に関わるおかしな事件を切掛けに、多くの人が構造設計や耐震設計について真剣な議論をしている。建築の専門家でありながら、「構造のことはよく分からないが」と前置きして問題から相当離れた話題を一生懸命話される人もいる。法律に従って計算すれば耐震設計が出来ると思っていること、多層建築の耐震設計を誰でも出来ると思ったこと、コンピュータは誰でも使えると考えたことなどが間違いであり、「分かりませんが」と言い訳する人には、舞台から降りてもらえば良いだけのことである。
 建築基準法に計算によって安全性を確かめることと書かれ、同施行令・関係告示には書き過ぎと思われる程の条文が並んでいる。この中で、我国で最も良く使われている許容応力度等設計法は施行令82条に示されている。「部材に生じる力を求めよ」とあるが「求め方」は書いてない、「保有水平耐力を求めよ」とあるが「求め方」は書いていない。一級建築士に任されているところであり、求め方が決まっていないからいろいろな設計が出来て、技術の進歩を促し、素晴らしい書き方であり惚れ惚れする。
 しかし、求め方が書いていないから確認できない、その結果、建築確認では応力計算や保有水平耐力の計算部分は見なくて良いとなるらしい。羈束という耳慣れない言葉があり、法律に書いていないことを行政は執行できないという。
一貫構造計算プログラムはこの計算をブラックボックス的に処理していて、この手順を国土交通大臣が認定している。これが問題を悪化させたといえる。レベルの低い設計者は計算結果を盲目的に信じ、確認審査員は計算結果を調べる気にもならなくなる。構造設計はフィジカルな大きさと形、空間をつくる建築を扱っている。コンピュータにできる仕事ではない。人に頼る方法に戻らなければならない。
 応力解析を厳密に行うには、「力の釣合」、「変形の適合」、「応力と歪みの関係」を満足することが必要である。しかし、「構造物がある荷重を受けても、それほどの支障なく存在し得る」ことを確認するためであれば、そして構造部材が程々の塑性変形能力を有しているならば、「変形の適合」、「応力と歪みの関係」はそれほど厳密に満足させなくても良い。重要なことは「力の釣合」である。与えた荷重が間違いなく地盤まで伝わることの確認はモデル化の仕事も含めて構造設計者の仕事であり、今の仕組では確認審査員が確認すべき仕事である。力の釣合と流れの確認は暗算または電卓で十分できるし、設計者の考えと構造図面の対応を良くみることが重要である。
 法治国家の日本で、決められた地震力に低減係数を乗じたインチキ計算と設計を多くの人が見過ごしたこと、関係者全員で反省しなければならない。本当の耐震設計は、設計している建物が大きな地震を受けたときの挙動を全体から隅々まで熟考することであり、建築基準法を守るだけのことではない。勉強し直してから舞台に戻ろう。

耐震偽装問題に思う・・・・・加瀬善弥

 昨年この問題の第一報が報じられたとき、偽装された建物数は少ないだろうと思っていたが、最近では97棟にもなったし、他の事務所にも疑いやら誤りが報道されている。
構造設計者は技術を売り物にしているのに、建築法令の強制力が弱すぎ、安全性を考えず偽装しても見つからなければ問題にならないとの倫理観欠如以外のなにものでない。
日経新聞「春秋」に米国のある調査機関が、「企業の管理職にどの職種が最も倫理的か尋ねたところ、最も倫理的と見られたのがエンジニアで32%の高得点、次いで会計士、医師などと続いた」とあった。エンジニアも地に落ちたものである。
 発注者は建築基準法が最低基準であることを理解せず、コストを下げる要求だけでは、社会資本の充実につながらない。
 建物の計画時点から施工性も考慮した構造計画を練り、コストダウンにつながる案を提案することが大切である。外注構造設計事務所には構造計画の重要性を考えず、パソコンにデータを入れ、作業を早く終わらせようとする計算屋も存在する。
 世の中に構造設計の重要性を説明し、設計費用・必要期間など認めてもらうことが大切である。
 技術の内容をあまり理解できない行政もあったが、現在の指定確認検査機関もどこまで内容をチェックできるか疑問である。
 建物の構造設計の実務経験がなければ膨大なアウトプット、構造図を見ても、どこが問題なのか数値だけでは追求できない、そんなに技術は底が浅くない。
 構造関係の技術をあまり理解せずデータを入力し、計算し、CADで構造図を作成していては、どこに問題があるかも把握していないだろう。最終結果は構造図であり、これに基づいて施工するから、構造計画、計算、図面が十分チェックされたものでなければならない。
 これから多くの団塊世代の構造設計者が退社するので、確認検査機関は経験者を採用する、活用するなど検討すべきであろう。設計者、確認審査図書をチェックする人の資質が非常に重要である。
 日経新聞1998年10月の「危機から学び取ること」の特集に、「人間は何をしてはいけないかを見失った、今のことしか考えない社会になっている。少なくとも自分の責任で全てのことが行われる社会にしなければいけない。」との記事が思い出される。

耐震偽装に思う・・・・小鹿紀英

 耐震構造に思いをはせる時に、頭の中に鮮明に蘇る映像と写真がある。映像は、阪神・淡路大震災の再現CGで、ゴジラの監督で有名な川北監督が制作、神戸の「人と防災未来センター」で来館者向けに放映されている。その中では、多少の誇張はあるにしろ、極めてリアルに建物の崩壊する様や阪神高速の崩壊、火災の広がりなどの惨状が描かれている。このセンターは小学生の社会見学コースにもなっており、見終わった後泣き出す小学生もいるという。このCGのダイジェスト版は、昨年の市民向け講座「あなたのマンションの耐震性」でも使わせていただいた。
 写真の方は、1年半前に会社に招いて講演していただいたある先生が、講演の中で使われた写真である。老若男女を問わず、阪神・淡路大震災で倒壊建物の下敷きになって亡くなられた犠牲者の方々の遺体の写真で、顔は隠されているものの裸体で横たわった姿を上方から撮影したものである。一応原形はとどめているが、思わず目を覆いたくなるような写真ばかりである。聞けばこの先生はあちこちの講演会でこの写真を聴衆に見せているという。先ほどの映像も衝撃的ではあるが、それ以上にこの写真を一度でも見た人は生涯忘れることができないであろうほど、極めてショッキングな写真である。
 今回の耐震偽装は、偽装の先にあるこうした惨状に対する関係者の著しい想像力の欠如が根底にあると思う。想像できない人には、惨状を見せるしかない。耐震偽装をする人たちも心を持った人間である限りは、惨状を見せて瞼に焼き付けることで、偽装の手が鈍る効果が期待できるのではないだろうか。
 一方、制度面に目を向けると、国土交通省の社会資本整備審議会中間報告書の内容では、ますますコンピュータ依存の弊害が強まり、なんら耐震偽装防止の解決策になっていないことは、和田先生をはじめ有識者の方々がすでに述べられていることであるので、私ごとき若輩がそれ以上付け加えるべきことは無い。ただ、今回問題となったマンションやホテルは階数も限定されており比較的単純な形をしているので、例えば桁行方向の下層階の柱一本とそれに取り付く梁を対象に、梁端降伏時の柱のせん断力を手計算で算定すれば、世間相場の柱の支持荷重から、そんなに時間をかけずに保有耐力時のベースシアー係数のオーダーをチェックできる。現に手元に図面があった基準法の0.35倍と判定された物件では、保有耐力時ベースシアー係数が0.1という数字になった。この程度の簡単なチェックで基準法の0.8や0.9倍を見抜くことは難しいとしても、0.5以下の極端に耐震性が低いものは容易に拾い出せる。審査方法もピアチェックを基本に構造専門家による審査が最善ではあろうが、それがすぐに実現できないならば、現状の審査体制の中でも、建築主事に対する多少の教育と意識改革により、改善が期待できると思われる。

商品としての建築・・・・筒井 勲

 偽装問題を機に建築基準法の確認制度が問題となっている。建築基準法は既に制度疲労状態にあり、こんな事件がなくてもどうにかしなければと「建築基本法」制定の声も上っている。この複雑怪奇な基準法に更に恥の上乗せてきに確認制度の改悪が加わるのを避けたいとがんばっている人も多い。マンション、欠陥住宅など何れも商品としての建築である。
 一部の商品の建築主が市場原理主義に基づき粗悪品を消費者に売りつける詐欺を犯した、商品の品質管理責任を行政や民間検査機関に押し付け「善意の素人」を装う、こんな事が起こるのは建築行政の責任である?確認制度を見直さなければ?と言う理屈である。
 不良商品の排除、製品責任の追及、消費者保護の政策と一般の建築行政とは分けて考えるべきである。商品はPL法で無過失責任まで含めて厳しく律せられている、建築をそのままPL法を適用対象とすることは出来ないが,PL法に準じた消費者保護立法で事業者の品質管理責任、管理体制の整備義務、など製品責任の明確化を図る。また直接契約関係の無い転売物件であっても責任を取らせるなどの対策が住宅市場の育成の為にも有効である。
 この際マンションに限ってピアーチェックを義務付けることも可能ではないか。
 確認制度の改悪は少しでも良い建築を造ろうとしている「善意の建築主」と利益を高めること狙いとした「打算的な建築主」を一緒に規制する愚挙であると思う。建築基準法はこの問題とは切り離して議論を重ねて抜本的に改正しなければならない事は言うまでも無い。
 
安心・安全なマンションライフ確保のために・・・・萩原忠治

 小さな島国の日本は、経済大国、自然災害大国として知られている。建物の耐震技術や耐震基準は、これまでの震災を教訓にレベルアップが図られ、今日、地震大国でありながら、安心、安全な住宅供給国として国際的に高い評価を得るにいたっている。
 昨年は年初から規模の大きい地震が頻繁に発生して、新耐震基準で設計したマンションにひび割れやドアが開かないなどの被害が見られた。そこで当協会では、安心・安全なマンションライフ確保の為の耐震対策について、市民を対象とした講座を企画し、11月18日に開催した。耐震設計計算書偽装事件の報道は、偶然にもこの開催当日にあった。これは構造設計士が、コスト優先の圧力に屈し、偽装計算書により確認申請を受け、建物を建設していたという事件である。この事件は数年にわたり、数多くの建物の偽装設計を、確認審査機関は勿論、建築工事関係者も見抜けなかったことに重大な問題がある。
 このことにより多くの購入者は、新居から追い出され、将来二重ローンを払い続けなければならない状況に追い込まれた。この補償は誰がしてくれるのか。今だ未解決である。
 当技術支援協会では、この事件の正しい情報の発信を狙いとして3日後の21日には、耐震設計偽造に対する緊急集会を主催して意見をまとめ、「建築構造物の耐震性確保の為の提言(案)」を発表した。今年1月には国交省の基本制度検討部会から「建築物の安全性確保の為のあり方について」が公表され、現在パブリックコメント募集中となっている。
 この事件から安全・安心なマンションライフ確保の為には、居住者保護を優先とした確認審査体制、住宅生産・供給体制、補償体制など、技術面以外の課題が浮き彫りになった。特に、設計者自身の倫理感の養成、諸外国に比べて安い設計報酬の見直し、構造実務者による審査(ピアーチェック)方式の導入、マンション供給事業者の責任の明確化および、損害賠償担保策の確立などが重要であると考える。

もの作りの基本を忘れたわが国の社会・・・・最上達雄

 今回の問題は、一人の建築士が不法行為を行ったために起きた、というような単純なものではない。建築生産の場に限らず存在する、わが国の社会システムの欠陥が随所に相互作用した結果、あれほどの拡がりを見せるまで歯止めが利かなかったのだと思う。建築物を構築するという本来はもの作りの場が、商売と管理の場に変わってしまった。つまり、一番良く分っている技術者が居るはずのところに、金を握る商人と、したり顔で口だけ出す役人がのさばっている。もの作りの場を、物を作らない人間が支配するようになると、必ず何かがおかしくなる。実体を伴わない、マニュアル化や形骸化が宿命的に進む。マニュアル化した建築基準法は、勉強や経験を積むべき技術者の育成の邪魔をし、確認制度は形骸化の典型である。商売人は、仮に善意の人であっても、そこで行われている似非もの作りの胡散臭さに気づかない。気の毒なことに、住宅を購入する一般市民も、その胡散臭さを知らされない。
 加えて、もの作りに係わる人と、最終的にその物を買い使う人との距離が離れすぎてしまった。建築主と大工の棟梁がしばしば顔を合わせ、住む家がだんだんと出来上がっていく楽しさを味わえる時代ではなくなった。作り手と住み手が近い距離にいれば、きっと良い家が出来るに違いない。まして悪いことをして家作りをすることなど考えられない。
 今度のことが起きて、行政が行おうとしていることは規制強化である。根本的な仕組みに手をつけず規制のみ強化しても、いたちごっこを続けるだけである。
 私の考える再発防止策は、設計者と構造設計者とが購入者に、出来上がる建物に関して直接説明すること、および、種々の現場検査の立会いを購入者へ呼びかけることの義務付けである。その機会を活用するか否かは、購入者の自己責任で判断すればよい。
 肝心なことは、物の作り手と使い手の距離を近づけることである。