●歴史的な経過
唐招提寺金堂（竣工776年代）の記録をみると1185年M7.4の地震で中門の倒壊、1270年（鎌倉時代）に金堂修理軸組補強、1323年に金堂修理、1361年M8.3の地震で五重塔の九輪の破壊、1596年M7.5の地震で僧堂崩落、1693年（江戸時代）に金堂の屋根勾配変更等、1802年落雷で五重塔焼失、1898年（明治時代）に金堂改修 野小屋組をキングポストの洋小屋に・繋貫による補強が示されている。竣工後1220年間にM7以上の地震が3回遭遇しているが国宝の金堂は地震による大きな損傷の記録がない。４回ほど修理記録があり貫補強、屋根勾配変更、屋根架構の補強を大胆に行っている。また瓦等の仕上げ材、彩色等の補修を随時行って維持し続けている。文化財は２〜3百年で解体修理・補強を行っているが、架構はその時代の最善の策で補強されている。最近は調査時点で創建時の痕跡がわかった時にはできるだけ創建時の姿に復元している。重文法華経寺祖師堂の屋根は痕跡をもとに入母屋を江戸時代の比叡入母屋に戻している。国宝犬山城は濃尾地震後修復の筋かい補強を、昭和30年代の修理で筋かいをはずして創建時に戻している。唐招提寺は平成修理で3〜5百年後にバトンタッチするべく最新の技術を駆使して検討を行っているが、どのように修理され、さらに耐震補強がなされるか興味深いことである。
●伝統木造の構造的研究
明治25年にJ・コンドルが濃尾地震後に日本式木造構造について提案、昭和16年に板静雄（京都帝国大学）が骨組の柱、貫の力学特性を理論づけた貴重な論文を発表している。昭和63年に木内修等（清水建設）が欅の柱を使い実際の１/４平面で実大実験を行い話題になった。阪神大震災以後は耐震性に関する実験的研究が数多く実施され力学的特性の解明が進められている。
●歴史建築物の耐震補強
平成11年に文化庁より「重要文化財（建造物）耐震診断指針」が出され文化財も人命尊重の立場から建築基準法を準拠することになり、不特定多数の人が使用するのか、過去の被害状況は、耐震診断等により判断される。耐震性能は壁量計算をベースにしていたが、実験等の成果を踏まえ柱・梁・貫・壁をモデル化した解析、立体解析、動的解析へと高度化している。耐震補強の原則は建物の文化的価値をそこなわないこと。補強材がわかるような工法、また、将来技術の進歩にあわせて補強材が取り外せることなどである。補強方法として筋かいを入れる、面材を貼る、架構に鉄骨フレームを入れる、内部に鉄骨架構を設け支える、免震基礎にのせる、制振装置を取り付けるなど状況により使いわけている。補強の留意点として地盤も文化財であるので遺跡調査が必要となることもある。外壁に面材を貼ると厚みが増えるため窓枠のちり寸法が変わり、また、機密性が高まるので結露水による腐食対策が必要など構造以外の問題を解決することも大切になる。
文化財修理工事の棟梁から最初に言われた言葉は「コンクリートの顔をしている」でした。歴史的建築物の見学会に参加して「木の顔」になるように努力したいと思っております。
近年、民家を再生して住まいとして再利用すると言う動きが多くなってきています。古い民家に使われていた古材を活用しようという、古材流通のＮＰＯ団体などもいくつか稼動しています。元来が個人の所有物である住宅は、古くなればどんどん取り壊されていく運命にあります。例えば銀行協会や工業倶楽部といった有名な建物は、世間の注目を集めますが、住宅はそうはいきません。民家の再生はその対抗手段の一つであり、古建築大好き人間の私としては、非常に好ましい風潮になってきたと感ずる今日この頃です。
しかし、文化財クラスの民家を維持するとなると、話は違ってきます。文化財指定をされると、増改築はほとんど不可能になり、住みやすくする為のリフォームにも制限が加わります。建替えなんぞはもっての外で、自由が利かなくなってしまいます。そのくせ、茅葺の屋根を葺き替えようとすると、補助金が全額出るわけでもなく、一部は自己負担せざるを得ません。文化財クラスの民家は、元々が庄屋・名主クラスの豪農・豪商の家が多く、非常に大規模であることが珍しくありません。修理に国庫から５割、県から２割などの補助が出れば良い方で、通常の維持管理には現在の家に比べても遥かに割高なコストがかかります。何より、材料がすでに普通には流通していないものばかりであったりしますから、割高なのはどうしようもないのです。
一方で、現在の住まい方と比較すれば、その住みにくさは比べようもないほどです。おそらく普通の現代人にはとても耐えられないでしょう。その証拠に、現在、重要文化財クラスの民家は全国に３５０ほどもあります（どこまでを民家と呼ぶかによって、数は変化すると思います）が、実際にその民家そのものに住み続けている人は、ほんのわずかだと思います。実際に私が見学しているのは重文民家の４割ほどに過ぎませんが、対象家屋に実際に住んでいたのは、見学した内の１〜２割程度です。しかも、その多くが、通常は非公開であったり、公開していても見学料を徴収したり、商家を営んでいて、古民家そのものが目印であったりしていました。中には、旧本陣の建物でそのまま旅館を経営している例（旧八雲本陣木幡家）もあります。
その他のほとんどの民家は、自分で維持出来なくなって市や県に寄贈したり、維持はしていても別棟で現代的な家を建て、普段はそこに住んでいて、冠婚葬祭などに古民家を使うといった例が多いのです。民家所有者の苦労を分かち合おうとしている吉村氏（吉村家住宅は大和棟が特徴の美しい古民家で、日本の民家ベストテンに入ると信じます）や、今でも重文民家に住み続けている草なぎ氏（草なぎ家住宅は田沢湖に近い曲がり屋の典型）の話を伺ったことがありますが、古民家に住む苦労がどれほど大変なことかが良く分かります。コストや住みにくさの結果として、中には文化財に指定されることを拒む例も出てくる訳です。行政側も努力していますが、古民家の維持保存は非常に難しいものであることを知って頂きたいと思います。
近年の古民家ブームで、利点の一つとして上げられるのが、化学物質を放散しないということなのですが、これにも異論があります。確かにホルムアルデヒドやトルエンなどの物質は出しませんが、古民家が健康に良い住宅と言ってしまう訳にはいかないと考えます。換気量は充分かもしれませんが、その分、寒さに耐えねばならず、茅葺に必要な囲炉裏の煙も、決して健康に良いものとは言えません。かつての日本の平均寿命を考えれば、貧困や飢饉による食糧不足、医療体制の不備というような原因はあるにしても、家屋の問題は大きな要素であったはずです。日本の住宅に携わった我々の先達はそれを改善しようと努力をしてきたはずなのです。今日の技術をもってすれば、そのほとんどは解消出来るでしょうから、民家を再生すること自体は望ましいことですが、それは健康住宅やリサイクルで環境に優しいといった理由よりも、民家そのものが持つ文化的価値や雰囲気を認めてのことにして欲しいと思うのは私だけでしょうか？
この２年あまり、畳の技術について調べてきた。藺草の産地である広島、熊本を始め、沖縄、大分、京都などを廻り、畳の生産技術に触れた。藺草などの栽培から、表の織り方、畳床の造り方、表の付け方までをヒアリングし、広範囲かつ客観的な記述に努めたのである。また、今となっては貴重な遺産、例えば手織の耳組茣蓙や手縫いの掛け縫い床の現物を見てその消息を把握できた。しかしながら、畳を造れといわれても情けないことに何一つできはしない。論語読みの論語知らず以下である。
優れた建築技術の伝承する唯一の方法は、最高レベルの仕事を体と頭、汗と涙で覚えさせることである。が、これも今日、難しい情況になったといわれているようである。サーツの設立主旨も、この難しくなった技術伝承の機会の場をつくることだと聞いている。
行動の前に、技術伝承が難しくなった原因を考えてみる必要があろう。それは、短期の経済的な動向によるものか、社会構造の変化なのか、現代文明の宿命なのかを見極める必要がある。つまり、伝承しようとする技術は、近い将来においてそのまま再活用できるのか、形や品を変えなければ使えないのか、あるいは純粋的に学問的として記録・保存するだけでよいのか。それとも、そうせざるを得ないのか。
最後にあげた記録・保存の機能は、どちらかというと博物館の役割である。現在、世間で、建築技術と博物館の関係はどうなっているのだろうかと思い、「建築技術／博物館」でネット検索をしてみた。画面に現れ出たのは、次の３つ。
� 屬靴�み発見博物館・驚異の建造物」、これはイギリスの児童向け書物の翻訳である。当然と言うべきか、土木建造物に関する記事が多く、建築は超高層ビルと大空間建築が取りあげられているにすぎない。デカイというのは分かりやすい建築技術の華であろう。ニューヨークにはスカイスクレーパーのアーカイブがあるそうだが、新宿副都心には超高層建築に関する資料室のようなものはあるのだろうか。
�◆崘酳�館明治村」、言わずと知れた存在である。展示建造物を見ただけでは、楽しい気分になっても建築のことは分からないということで、CD-ROMを作成したということである。まさしく眺めただけでは、ほとんど何も分からないが、有形の文化財というのは、技術の伝承を人ではなく物に託す優れた方法である。何年かおきに大規模な修理をすることでその都度、物から人へ優れた技術が還元されるとも言える。逆に、技術的に凡庸なものを保存する必要はないのかと聞かれると困るが、学ぶべきことのないものはないと答えておく。
��「国立科学博物館・産業技術史資料の評価・保存・公開に関する調査研究」、これは具体的には、データベースを作ることが当面の目標のようである。「わが国の産業技術をつくりあげてきた技術や技（わざ）、物をつくる心までを含めた」資料がどこにあるか分かるようなものを作るらしい。「物をつくる心」とは？例えば冒頭の畳で「トコは硬くて柔らかく造れと教えられた。」という職人の言葉を耳にしたが、このような禅の公案じみたものを集めるのだろうか。実際のところ、モノの消息のデータベース作成に留まるようだ。
モノを収集し、保存や公開することは、公平にやろうとすると物理的に不可能である。加えて、建築技術には土地固有の意味もあって、現地で残すのが望ましいこともある。モノの消息のデータベース作成は、保存作業の初期段階として有意義であろう。しかし、モノによっては、それだけでは、維持管理や公開は難しく、さらに散逸する危険もあるので、保存・公開に関する何らかの方策が欲しいところである。
建築で扱われる範囲は広いので、ひとつの博物館ではカバーしきれるものではない。そう言う意味でも、この文章のタイトルの「建築技術博物館」という箱モノはあり得ないと思っている。各人、各分野が、できる範囲からコツコツとやるほか、道はあるまい。
もうかなり前になるが、伝統論が盛んに行われたことがあった．
其の後はあまり聞かないが、この度、伊勢神宮外宮神楽殿見学会に参加して、考える事がいろいろあった。この建物は明治26年創建の旧神楽殿の老朽化に伴い、二倍の規模に拡大して建て替えられたものである。「伝統の木造建築の様式を保持する」と言う事が基本方針として強く打ち出され、いろいろな歴史的検証の結果をふまえ、現代の最新技術を駆使して古来の様式が再現された。
架構が拡大したので鉄骨造となったが、内装材の諸寸法は古来の「木割法」に厳密に従って割り出されたと言う。 「木割法」によれば、柱の径が多くの寸法関係の基準になるのだが、今回の改築では木の柱と見えるものは、もはや屋根を支える柱ではなく、鉄骨柱を覆う仕上げ材である。その柱型の太さも内宮神楽殿に少し遠慮した太さで決められ、架構の大きさとは無縁の決定となった。「木割法」は本来、架構の大きさが必要とする柱の径を寸法基準としたのだったが、今や、内装の伝統表現の手段として採用されたという事になる。
内宮ではこれも数年前改築された神楽殿でお神楽を奉納した。 舞楽は古くは男舞だったものが女舞いになったと伝えられ、今度は空間が大きくなった為の修整もあるだろう。 しかし、舞楽そのものは1000年以上もそのままの形で受け継がれてきたものという。
伝統とか伝承技術というものはどういうものだろうか。伝統を風俗、慣習と隔てる意味は何だろうか。伝統の成立には、その土地に古くから伝えられた芸が、或る時、芸達者が現れて人の賞賛を浴び、他の地方の人が改めて注目するというようなことがあって、その芸が更に洗練されてゆくという第三者的評価を通した経過が必要と思われる。更に、形、技術に精神性が加わって，文化として改めて意識されたもののみが伝統として、時代を超えて生き続ける事になるのであろう。
毎年、伝統工芸展等で展観される作品群を見ても、古来の形、技法に更に現代的な工夫が重ねられ、新たな感動を呼び起こしている。古くからの優れた形、技法があり、維持保存すべきものと雖も、生命力を失ったものは生き延びるのは難しい。常に新鮮な感動があり、その技術を繰り返し使う事が有効である限り、それは伝承される。いずれにせよ、「価値あるものと認識する」ことから伝統は生まれるのではなかろうか。その観点からすると、伝えられたものをそのまま保持する事が使命であるような舞楽は歴史的遺産ではあっても、伝統芸術とは範疇を異にするものと思う。
建築の諸技術に関してはどうか。木造時代は同じ手法が長らく有効であったが、昨今では環境、用途、技術、材料が多様化し、技術開発が盛んで同じ技術が繰り返し有効であるとは限らない。せっかく開発されても、二度と陽の目を見ないものもあり、すぐさま更新される。現代では、建築に限らず、技術は移ろい易い。それは文化に昇華されなければ消えてしまうのだろう。
伝承されるべき技術として残すにはどうするか。時代に現れた技術をその機能を超えて共有の認識が生まれるよう「伝えるに足る技術」として昇華させる意識、工夫がなにより必要なのだと思う。