「茅葺き屋根ウォッチング」 ・・・・ 田中享二 

 雨の日だけが、茅を伝ってきた雨水の軒先からぽたりぽたりと滴り落ちるのを見ることが出来る時である。一本の茅ならば、ぽたりだが、何万本もの茅が積み重ねられているので、ぽたり、ぽたりが重なり、雨粒の美しいコーラスとなる。水の動きは不思議な力をもっていて、見ている者をそのなかに引き込む。同じようなことは川の流れにもある。
 茅葺屋根ウォッチングにはまったのは、僕も水の流れの魔力に引きずり込まれたからだと思う。ただウォッチングと体裁の良いことを云っても、何かをするというのではない。ただボーと水が滴り落ちるのを眺めるだけなのである。積極的な意味は皆無で、これを趣味といってよいのかは大いに憚られるのだが、見ていると何となく気持ちがやすらぐのだ。生産性のないことが趣味の定義だとしたら、全くそれに当てはまる。
 若い頃は、忙しかったけれど時間の制御権はまだ自分にあったから、休暇をとったり、出張とからめたり、あるいは無理に出張をでっち上げたりといった裏業も駆使して、北は北海道から南は沖縄まで、全国の茅葺屋根を見て回った。目的が目的だから、雨の日が理想であり、結果として梅雨の頃が多かった。
 15年以上も前のことであるが、英国建築研究所に短期間であるがお世話になった時も同様で、土日を使って田舎の茅葺屋根を見て回った。茅葺ウォッチャーは世界中どこにでもいるようで、夜はその土地の宿に泊まるのだが、同好の士が必ずいて、夜、パブなどで飲んでいると友達になり、意気投合する。英国人も茅葺は自慢である。ただし二日酔いだけは結構つらかった。
 研究所の同僚も当初はあきれた顔だったが、影響を受けて、僕の趣味に協力してくれるようになった。茅葺職人さんや茅葺学校の先生までを紹介してくれるまでになり、何度回かその方々を訪ねることになった。本格的ではないが、英国式茅葺技術を学んだ貴重な日本人のひとりかもしれない。先生は結構偉そうに説明するので、日本の茅葺屋根の写真を数枚持っていたから、日本にもこんなりっぱな茅葺屋根があるぞといって見せてやったら、本当に驚いていた。その後もいろいろな国の茅葺屋根を見て回ったが、結論からいうと日本の茅葺技術は世界のトップレベルにある。 
 雨の日は好きでないのだが、茅葺ウォッチングだけは雨の日に限る。青々とした水田のなかに、雨に煙って茅葺の民家がある。軒先の茅から雨粒がリズミカルに滴り落ちている。そして落ちた先に、運良く紫陽花が咲いていたりすると、もう何もいうことはない。

屋根のデザインが美しい田麦俣の民家

世界遺産白川郷の民家

英国・Selwothyの可愛い住宅

茅葺屋根学校の授業風景