サーツが目指すこと

サーツの社会的意義と役割・・・・・・代表理事 松村 秀一
より多くの人が雨露を凌げ健康的な生活を送れる安全な空間を。先進国で見られるように高く聳え、或いは大きく広がる未知の建築空間を。戦後日本の建築活動は、焦土と化した国土の復興から始まり、一貫して、不足する空間を素早く、確実に築き上げるという使命を帯びていた。その活動を支えてきたのは多くの建築技術者達である。
どうすればこれまで以上の質の建築空間を実現できるのか、どうすれば多くの人達に早く居住空間を提供することができるのか、どうすれば限られた都市空間をこれまで以上に効果的に利用することができるのか。多くの建築技術者が、ある時は海外の限られた技術情報を貪るように解読し、ある時は数々の試行錯誤で失敗の山を築き、 ある時はいちかばちかの挑戦に神経をすり減らしながら、戦後日本の建築を造ってきた。彼らを支えてきたのは強烈な社会的使命感であり、開拓者としての自負であった。
しかし、世紀の変わり目を迎えようとしている今日、建築技術者達の置かれる状況は大きく変わりつつある。狭いとはいえ遍く居住空間は行き亘り、かつて未知だった 高層建築や巨大空間もそこここで見られるようになった。最早かつて建築技術者達の魂を突き動かした強い使命感は存在しない。人々は新たな空間を欲するよりも、身近な居住環境のあり方そのものに多大な関心を示すようになった。時にその関心は不用意な建築活動を認めない。いかに造るかに腐心してきた建築技術者達の志は、いつのまにか社会からの無条件の支持を得られなくなってしまった。
こんな時代だからこそ、建築技術者達は、自分自身が一人の市民として振る舞い、 一般社会の人々との間に共通の価値を見出していかなければならないし、自分達の築いてきた建築技術の意味と可能性を人々に理解してもらわなければならない。そうすることで技術者としての新しい使命感を自ら形作っていかなければならない。サーツが目指すのは、そうした市民社会に根ざした新しい建築技術者のあり方である。
他方、今日技術者達だけではなく、建築技術自体のあり方も大きく変わりつつある。戦後日本の建築活動を支えてきた多くの建築技術者達の試行錯誤の経験は、経験の乏しい後継者達が同じ過ちを繰り返さないようにと、行き届いたマニュアルに姿を変えた。多くの技術世界に共通する趨勢、「マニュアル化」である。マニュアルを適用できる対象については効率的に確実な質の仕事を実行することができる。しかし、マニュアルの恩恵に浴しすぎた技術者は、そのマニュアルの技術的な背景を読み取ることができなくなる。勢い、マニュアルをそのまま適用できない対象に出会うと簡単に退散してしまう。彼らに開拓者としての自負は期待すべくもない。もし、こんな技術のマニュアル化が進行しているとすると、建築技術、そして建築技術者の未来は明るいものになりようがない。
サーツに集った建築技術者達の多くは、自ら試行錯誤を経験し、マニュアルを作ってきた世代に属する。そして、こうした危機感を共有している。自分達が技術者として学んできたことをマニュアルとしてではなく、生の声で次の世代の建築技術者達に伝えたい。いま一つサーツが目指すのは、そうした技術伝承の場づくりである。
他稿でご紹介するサーツの具体的な活動のそれぞれは、ここに述べたサーツが目指す二つのこと―市民社会に根ざした新しい建築技術者のあり方と、戦後世代技術者から次世代技術者への技術伝承の場づくり―の実現に向けた活動である。市民社会に対する使命感と技術者としての自負をもって明るく生きていこうとする建築技術者個人の集まり、そんなサーツ(建築技術支援協会)へのご理解とご支援をよろしくお願い申し上げます。