■嘘つきアーニャの真っ赤な真実/米原万理 著 私の読書は歴史物を好みの中心としながらも、面白そうと思うとジャンルを選ばず読みたくなるという、節操の無い本好きである。
建築と無関係でよい、という編集長の言葉を聞いて今回選んだ本は、2年ほど前の出版であるが最近になって本屋で見つけ、題名に惹かれて衝動的に買い求めた。大宅壮一ノンフィクション賞を受賞したことも後から知ったほどで、偶然出会った書物といえる。
父親の仕事の関係で小学校時代をプラハで過ごした著者が、その頃の友人たちとのかかわりや、何十年も経てからの再会を通じて知った彼等の激動の人生を題材としたものである。読み始めのうちは、著者の経験を物語る単なるエッセイと思ったが、読み進むうち、全く違うものであることに気付かされた。ソヴィエト連邦全盛期にあって、その体制下の学校で共に過ごした各国の友人達が、個人的宿命を背負いながら生きた意外性のある人生を、洗練された文章で綴っている。まさに小説より奇なる事実が感動的である。
私が本の中身ばかりでなく興味を持ったのは著者のことである。内容から察せられるように、著者は日本共産党員エリートの家庭で育った。共産党は画一的な思想集団であり、家庭内でも子供たちはそのように育てられているに違いないという、私なりの先入意識があった。ところが、この本を通じて分かる彼女の豊かな感性、自由な想像力、溌剌とした行動力は、画一的な教育環境の中では決して育つものではないと思う。どのような家庭環境にあったかは知る由も無いが、少なくとも私の先入観の間違いを正さざるを得なかった。
現在日本の教育環境は劣悪であり、官僚主導の画一的子育てが進行中である。しかし、それぞれの子供の周りに高い意識を持つ大人が少しでもいれば、優秀な若者が育ちうることを暗示されたような思いがした。建築教育の場面でも同じことが言えよう。
本の内容を離れて、そんなことも考えたのであった。
■出版社/角川書店
■四六版 283頁 = 1,400円+税