この本は50万部を越えるベストセラーとなっているので既にお読みの方も多いと思う。著者は京大農学部卒業後の一時期、ロックフェラー大学、ハーバード大学でポスドクを勤めているが、カリフォルニア大学でポスドクとして同じ様な分野の研究に取り組んでいる愚息を思い、大いに関心を持ってこの本を読んだ。しかし未だ充分に咀嚼できておらず躊躇しながら本文を書く次第である。我々は生物と無生物を何によって見分けるか、そもそも生命とは何か。この素朴な質問への回答を幾つかの視点から説明するのが本題であるが、分子生物学の先端分野でしのぎを削る研究者たちのスタイル、ノーベル賞の対象となったDNAのラセン状構造の発見をめぐるダークサイドなど脇道の話も興味深い。著者は「生命とは動的平衡にある流れである。」と書いている。例えば私という生物は、毎日同じ姿をしているように見えるがそれを構成する細胞、その構成要素のたんぱく質等は複雑巧妙なメカニズムによって刻々と入れ替わっている、その微妙な平衡状態の一瞬々々の姿である、ということだろうか。生物を形作る物質も当然に熱力学のエントロピー増大の法則に従い無秩序に拡散する方向に不断に進む。それは生物としては死へ向かうことを意味するが、生物は個々の構成要素がある限界以上にエントロピーが増大する前にその構成要素(細胞あるいは蛋白質の分子)を自ら破壊し捨て去り、食物として取り入れた新しい要素と入れ替えることによって生命を維持している。この説明は我々工学部系の者に納得しやすい。またこう考えてくると、著者は言及していないが「色即是空、空即是色」と一脈通じるように思えてくる。生物学の主流は動物生態学のようなマクロな生物学から分子生物学といったミクロな生物学となってきているが、(心ならずも)分子生物学に進んだ著者の、ミクロな視点だけでは生物の本質に迫れないとの気持ちが感じられる。
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