「最近読んだ本 -技術に人格を覚えつつ-」・・・・浅野忠利


■ 組織を強くする技術の伝え方/著者:畑中洋太郎

■ 出版社/講談社

■ 新書判 189頁= 735 円(税込)

 技術の伝承は古今東西を問わず、人類永遠の課題である。本書は団塊の世代の定年による大量退職に伴う技術伝承の危機を憂い、この危機を克服するために技術伝承の基本を、今一度肝に銘じなければならないと強く訴えている。と同時に、私たちの世代が技術の伝承に当たるに際して、心に留めておかなければならないことが明快に記されている。筆者は「伝承」という言葉を避け、「伝達」というべきであると主張している。技術とは「知識やシステムを使い、他の人と関係しながら全体を作り上げていくやり方」と、冒頭に定義し、技術伝達の最大の鍵を握っているのが、人と人の関わり合いにあることを明確に示している。技術を伝える側、伝えられる側、それぞれの性格、立場、状況などへの十分な理解が技術伝達の出発点である。言葉を変えれば、伝える側・伝えられる側相互の思いやりがあってこそ、技術伝達が効率よく行われ技術のレベルの向上に繋がると主張している。筆者の論旨の正しさは、いろいろな角度から証明される。
 その一つとして、西欧・ギルドの職人たちが、13世紀以来、遍歴修行を通して、多くの親方の人格に触れ、人格と技術の一体化の中で、技術を盗み取り、発展させ、伝え、現在の高いレベルの技術に到達させていることが挙げられる。西欧とりわけドイツでは、こうした技術の伝承の仕組みは産学一体となった職業教育システムとして君臨している。
 筆者はナノ・マイクロ加工学、知能化工学、創造的設計論などを専門とする柔軟な学者である。企業の技術指導を多く経験し、政府の各種委員も務め、失敗学会の会長でもある。筆者は、これらの経験を生かし、技術伝達の失敗例なども取り上げながら解り易く、具体的に技術伝達に必要不可欠なことをさりげなく示している。2007年問題といわれる「技術を伝えること」が危機に直面している今、特にpsatsで建築技術を若い世代に伝えようとするものは必ず読まなければならない書であろう。